怯えを含んだ啜り泣きを漏らす泰継の脚を立てさせ、その間に永泉は体を割り込ませた。
圧し掛かられる苦しみからは解放されたが、視界から永泉が消えた事がより不安を煽った。
「滑らかで白いこの肌が私は好きです」
「・・・んっ」
つつ、と腿を指で辿られた泰継が仰け反った。
「では、開いて差し上げましょう」
永泉は笑みを浮かべ、泰継の為に用意された箱を引き寄せた。
「大きさは同じです。これなら、泰継の限界に丁度良い・・・きっと」
「何を・・・」
沸き起こる怖れに泰継は身を捩った。
「駄目ですよ。逃れる場所などどこにもないと、先ほど納得されたと思いましたのに」
「嫌だ!!」
泰継が、翳された物のおぞましさに半ば転がるように永泉から逃れた。
御簾だけで風が入るに任せていた部屋がそれを容易にした。
後ろ手に縛られ、着物は乱れたままで縁に出た泰継は、明るい陽光に動きを止めた。
その眩しさに瞳を瞬かせる。
隠す事なく身を晒す事に突然激しい羞恥を覚えた。光を避ける為に立ち上がった泰継が
渡殿を歩いて来る時親に気付いた。
「時親・・・」
「どうした? 昼の日差しはおまえにはまだきつすぎる。何をしているのだ?」
以前にもこう囁かれた気がした。懐かしさを感じさせる深い声に知らず、泰継は涙を浮かべた。
目覚めてより僅かな時を過ごしただけにすぎない魂が、彼に対して何の記憶を持つというのか・・・。
心の奥から沸き起こる感情を持て余し、泰継はただ時親を見つめた。
闇を映したかのような漆色の瞳が優しく、その視線を受け止めた。
すっと時親が手を差し伸べた。
誘われるままに近づいた泰継は彼に抱きしめられた。夜明けの草花に宿る朝露の匂いがした。
背に回された時親の手が泰継の縛めに触れた。
「あ・・・」
ぴくりと泰継が震えた。
先ほどの恐怖が蘇る。
「それ、は・・・」
戦慄く唇で言葉を紡ぎかけた泰継に後ろ髪を時親は引き、顔を上げさせた。
若さに満ちた丹精な彼を目に収めるより早く、口付けされていた。
「・・・・・・!」
温かな吐息が注ぎ込まれた。
泰継の膝が力を失い、崩れた。全てを奪い取られてしまうような荒々しさがあった。華奢な体を
時親は支え、尚も接吻を続けた。
包み込まれる安堵感に満たされた泰継が、時親の腕に身を委ねかけた時、背後から永泉の
声が聞こえた。
「これは時親殿」
応えるように時親は泰継から唇を離した。
「お手数をおかけする」
「お見苦しい所を・・・」
永泉がやんわりと笑みを浮かべた。
「どうか、お気になさらずに。泰継は未だ礼儀も何も知らぬ故」
「・・・時親・・・。私のせいだと・・・」
抱いてくれる力は変わりなかったが、頭を振った泰継が時親を見上げた。
「私がされた事を・・・!」
いきなり体を反転させられて泰継はうろたえた。
永泉と正面から向き合う形となる。笑んでいる永泉は華が咲いたように嫣然としていながらも
どこか儚かった。
「体が悪いのか・・・?」
「さあ、どうでしょう」
小さく永泉が首を傾げた。
「行きなさい」
「時親、何故、嫌だ」
泰継が拒絶した。しがみつく事も叶わず、全身を震わせて時親を振り返る。しかし、彼は促す
だけだった。
悲しみが泰継に広がった。
「どうぞ。泰継殿」
永泉が細い肩に手を置いた。泰継よりも小柄なのに、その力は抗いを許さない強さを秘めて
いた。
「離せ!!」
叫んだとたん、泰継は頬を打たれた。
鋭い痛みとじんとした痺れ。一瞬遅れて熱がかっと湧いた。
「く・・・」
「痛かったですか? 赤くなっていますね。泰継殿は肌が白いから・・・。晴明殿が創られた
物はどちらも、このようにただ人よりも色が薄い。唐の白磁を思わせます」
触れるだけの接吻を永泉がした。唇は冷たいのに、新たな熱を植えられたような気がして、
泰継は顔を顰めた。
「戻りましょうか」
熱い頬を撫ぜながら、優しく永泉が囁いた。
「・・・ああ」
ふと思い立ったかのように紫紺の瞳が時親に向けられる。
「どうぞ。時親殿も。泰継殿は、私達二人の物でしょう?」
驚いた泰継が固く強張るのが、抱く腕から時親に感じられた。
「まさか・・・」
「大事に・・・慈しんであげますから。泣かないで・・・」
言われて、涙を流している事に気付く。
永泉がふわりと抱きついた。

薫風5でした。ラストのイメージが少しずつ浮かんできました。

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