ふっと顔に当てられた物から、甘い香りがした。
「これは何かな?」
「朝・・・顔・・・」
「惜しいけど違うね。朝顔は日暮れに花開きはしない。これは夕顔、だよ」
「私にわかるわけがない・・・っ!!」
叫んだ唇は、冷たい指先で背を撫で下ろされた事で途切れた。細い体に震えが走り、粟立って
ゆくのを友雅は面白そうに見つめた。
「風を感じはしないのかい?」
耳元で囁かれた泰明がぴくりと仰け反った。乱れた髪と・・・瞳を覆った布の端が宙に舞った。
視界がきかないまま、友雅を避けようと首が振られた。
足元で水が波打った。
泰明の足は、膝まで水に浸けられている。当然背後にいる友雅も濡れているだろう。湿った絹の
肌触りを泰明は感じていた。
「わからぬ」
「それで陰陽師を名乗るとは。君に地位を与えた中務省はずいぶんと間抜けぞろいと見える」
侮辱されて泰明は唇を噛んだ。
確かに自分が至らないとわかってはいても、悔しかった。
泰明は・・・調伏に呼ばれたここで使命を果たせなかったのだ。
「まさか、わざとなどと言うまい?」
「解けっ、友雅っ」
「君ごときに呼び捨てにされるとは心外」
くくっと笑みが聞こえたかと思うと、体の中心を握り締められた。
「ああああっ」
「役に立たぬ陰陽師が咎を負うのは当然だ」
「い・・・や・・・痛、・・・ああ・・・」
友雅の指は巧みで、痛みを与えつつも泰明を追い上げていく。しかし、高ぶりを覚えた後を知る
だけに、泰明は身悶え意識を散らそうと試みる。
「無駄な努力という物を知っているかい?」
「く・・・」
泰明が動く度、固い音がした。今、彼は池の中にある大きな岩を抱くように拘束されているのだ。
岩に穿たれた鉄輪に直接繋がれているせいで、振り向く事も、疲れた体を休ませる事も出来なかった。
その上、水に浸されている。
泰明の体力は溶けるように夏の陽を吸った生温かい滴に奪われていた。足はとうに身体を支えきる
力を失い、捉えられた手首に重さが圧し掛かる。
「敏感な造りをしている・・・ほら・・・」
掌に包まれると、自身がどくどくと脈打っているのがわかった。下半身から堪えがたい疼きが沸き起
こり解放を求めている。
後少し扱かれるだけで全てが終わるだろう。
溢れた体液が友雅の指に絡まり、淫らな耳を覆いたくような音を立てていた。
剥き出しの背に触れる夜の冷気も、泰明の熱を癒し切れはしなかった。汗が白い皮膚を流れ落ちた。
「んん・・・」
「もうそろそろ限界のようだね」
呟かれた言葉は地獄の宣告。
ぎりぎりまで泰明を嬲り、それを封じる時がきた、と。
「赦し・・・友、雅・・・」
「君の願いをきく理由が私にはない。主筋にあたる家の赤子の病が癒えぬのは、未熟な陰陽師の
せいだと、京ではもっぱらの噂だ。招いた私の顔に君は泥を塗ったのだよ」
熱い泰明に細い紐が絡められた。
「ああ・・・」
絶望のうめきと入り混じった嗚咽が漏れた。
食い込むほどにきつく結ばれた紐に、先端からとろりとした流れが伝わった。
無理矢理塞き止められたうねりがひどい痛みとなって泰明を襲う。
押さえようとしても出来ないほどの苦しみ。体の内側に数え切れないほどの針を突きたてられた
ようだ。
「止め・・・触るな・・・」
「真っ赤になっているね。肌の色が白いから桃に近い赤というべきか」
指先が涙にも似た滴りを溜める先端を弄った。
「ひあぁっ!」
激痛が脳に突き刺さった。
もう幾度もされたのに、慣れる事など出来るはずもない苦痛。
「手を・・・手を、放せ・・・」
「気付いているかい?」
泰明の訴えを受け流し、友雅がふいに問いかけた。
「ここにはかがり火が置いてある事を。夜の闇を消し去り、君の全てを浮かび上がらせている・・・」
びく、と手の中の泰明が反応した。
「私の庭で・・・池の中、誰かが見ているかもしれないね」
羞恥に震え出した泰明を嘲笑し、瞬間、痛々しく熱を孕む高ぶりをきつく扱いた。
「−−−−!!」
絶叫は素早く宛がわれた友雅の掌によって遮られた。
「ううう・・・」
「恥ずかしいのかな。犯した失態より、身に加えられる事の方が」
「あ、あ、あ、・・・」
打ちつけるほどに岩に当たった泰明の体がくたりと脱力した。
「まだ眠るには早い時刻だというのに」
気を失った泰明を支え、項にきつく友雅が接吻した。
「それとも、それが必要なほど子供なのかな?」
くっきりと跡がつくほどの口付けを終えると、友雅は泰明から離れた。灯された炎を水に落とす。
新月の夜、星明りだけが残された。
「この屋敷からまだ君を出すわけにいかない以上、もっと楽しませてくれると嬉しいのだけど」
友雅は一度だけ振り返り、そのまま去っていった。
燐光を放つような白い肌を惜しげもなく晒し、岩にしがみつくようにして泰明は、深い眠りに包まれて
いた。

ちょっと連載。多分連載。友雅にもいろいろ考えるところがあるのです。

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