「少し・・・座らせてくれ」
泰明が傍らに立つ頼久に言った。
長時間立ち尽くしている脚は痛んでいた。腰に下げた剣までもが重く、地に引き込もうと
している。
「頼むから・・・」
「駄目だ」
「頼久・・・!!」
非難しかけたとたん、泰明は頬を打たれた。かなり手加減されてはいたが、華奢な体は
崩れ転がった。
「立ちなさい」
赤く腫れた肌に手を当てて庇った泰明が信じられないと視線を上げる。
「立場を考えなさい」
頼久が靴先で小突いた。
「どうした? 頼久」
かがり火の周囲にいた他の武士達が声を掛けてきた。
「何でもない。これの他愛もない我侭だ」
今一度立ち上がれと命じてから頼久は男達の方へ向かった。
「珍しいな。おまえが小者を連れているなど」
「どうしても、と請われてな」
「だが躾がなっていないようだ」
「わかっている」
交わされる言葉から、泰明の醜態は連れる頼久の責であり恥になる事がわかった。
疲れた膝を軽く叩いて宥め泰明は体を起こした。


屋敷の明かりが消え、宴が終わったのは真夜中を過ぎた頃だった。
すぐにも座り込んで休みたかった泰明だが、頼久は火を持って付いて来るように言った。
「何所へ・・・」
「汗を払いに。藤姫の館に戻る前に眠気を取る為にも」
「一体何時休むのだ、おまえは・・・。いや私もか・・・」
頼久がふっと振り返った。
「休む事がそれほど必要ですか?」
「当たり前だ」
本当に頼久は休息がいらないのだろうか。付合いはそう長いとはいえないが、泰明は
彼が瞳を閉じている所を見た事がなかった。
「黎明を迎えたら眠る事を許しましょうか」
「・・・すまない」
弱い体を侮られているような気がして泰明は項垂れた。


松明など仄かな明るさにしかならないほど、川辺は深い闇に満たされていた。
被さるように茂る木々に月明かりは完全に遮られている。
「足元に気をつけなさい」
先に立つ頼久が着物を落として水に分け入った。深さがそれほどでもない事を確認して
から泰明を招く。
汗を纏いつかせる不快さに堪えていた泰明は素直に従った。
「・・・っ」
初夏の水は予想以上に冷たかった。今が夜である事に加え、流れる水は大気の温度を
留めない。普段使っている汲み上げた水よりかなり水温は低かった。
慣れる為に泰明は一気に水に浸かった。
「ふ・・・う」
手足は悴むほどに冷えたが、体を清める心地良さに泰明は頭を振った。
「さっぱりしましたか?」
「ああ」
「髪まで・・・」
近づいた頼久が色の薄い一房を手にした。ぽたぽたと滴が落ちる。
「いけないか・・・?」
「いえ、そうでは。乾くまで風に当たりましょう」
白い肌に絡みつく長い髪が艶めいていて思わず頼久は顔を背けた。
「頼久?」
いぶかしんだ泰明が頼久の手を取った。
「あ・・・こういう事も駄目だったな」
「今は誰もいませんから」
「そうか」
初めての笑みを泰明は浮かべた。
水際にある岩に先に腰を下ろした頼久が、泰明に見せつけるように膝を立てた。
「・・・!」
驚いた泰明が立ち竦んだ。頼久の下肢の翳りが大きく屹立していたのだ。
「岩の前に膝をついて口でしなさい」
「何を・・・だ」
泰明の声が震えた。
「知らないのですか? その唇で私を慰めろと、言っているのです」
頬杖をついた頼久が逆の手を差し伸べた。
「初めてですか? 上の者に奉仕するのも従者の務めですよ」
尤も、頼久は今までそのような事を誰にも命じた事はなかったが・・・。
「嫌だ」
水の中を泰明が後退した。見開かれた瞳はいっぱいに怯えていた。
「人がいないから構わないと・・・」
「多少の無礼を許しただけです。私の小者である事に変わりはない。加減という言葉を
私が覚えている間に従いなさい、泰明」
呼び捨てにされた名に泰明が強張った。そんな彼の腕を掴んで引き寄せ、頼久は無理に
跪かせた。
「嫌ならば、戻りなさい」
止めの一言。
滲んでくる涙を堪えながら泰明は唇を開いた。

ちょっと鬼畜モード。