にしては珍しく、息を弾ませていた。年を経ても変わらぬ、細く儚い創りの体に瀟洒な絹を纏って。
法衣であり地味な色合いなのに、それはどこか艶やかな気配を帯びていた。
肩より長く伸びた髪がさらさらと揺れた。
ふっと一度立ち止まり、彼は大きく息を吐いた。
乱れた姿など見せたくはなかった。
俯いた額から流れた一筋の汗を静かに拭い、はんなりと染まった頬を掌で包む。手の冷たさがゆっくり
と伝わった。
開け放たれたままの門を静かに潜る。貴族にしては簡素な屋敷は、彼が愛した者がいた頃から何一つ
変わってはいない。
「・・・でも、あなたは消えてしまった」
手首に絡んだ数珠を彼はきつく握り締めた。


永泉は頭を下げ、誘いの礼を述べた。
「突然の使者に快く応じて頂いて感謝している」
膝を折った時親が永泉の手を取り上げた。年若い陰陽師が穏やかに笑む。
「泰継殿がお目覚めになられてから、何時お呼び頂いても構わないようにしております」
紫紺の瞳がゆったりと時親を見つめた。
稀代の陰陽師、安倍晴明の直系の孫だけあって、顔立ちには面影が濃く残るも、永泉は何所か物足り
なさを感じてもいた。
「・・・何か?」
「いえ。泰継殿はどちらですか?」
「部屋に戻してある」
「早速始めた方がよろしいか? 時親殿」
以外な事を、と時親が首を傾げた。
「その為にお呼びしたのだが?」
「確認したかっただけです。あなたの真意が少しでも伺えるように」
僅かに唇を上げる事で微笑を刻み、永泉は泰継のいる場所へと向かった。


御簾が降ろされているせいで、そこは昼だというのに薄暗かった。
時親に投げ出されたままの姿で泰継は横たわっていた。涙は既に消えていたが、頬に残る乾いた
感触が言い知れない違和感としてあった。
うたた寝るようなまどろみが間欠的に訪れる。
覚醒する度に操れない感情が心に満ちた。
ぽっかりとした空虚感。
悲しくて・・・淋しくて・・・。
また遠のきかけた泰継の背後から突然光が差し込んだ。
「お休みですか?」
ゆるりと泰継が光へ振り向いた。
「永泉・・・」
「はい。そちらに行ってもよろしいですか?」
答えはなかったが、また否定もなかった。
近づいた永泉が泰継の横に正座した。細い指が伏せる泰継の顔に触れる。
「ん・・・」
「今日は私一人で参りました」
指は喉元を擽り、華奢な肩を撫ぜてから襟元に侵入した。
「は・・・っ」
乳首を摘み上げられた泰継が息を飲んで体を捩った。それを制し、仰向けに押さえつける。
「少しおいたをしたようですね。・・・ふふ」
「嫌だ・・・何を・・・」
「私があなたを躾る者だと、時親殿から伺いませんでしたか?」
きつく捻ってから、一転して淫靡に赤い突起を撫で擦る。ぷつりと立ちあがったそこは永泉が嬲るの
に丁度良い大きさだった。
「あ、あ、あ・・・」
顎を仰け反らせて拒むように首を振った泰継だったが、次の瞬間、力いっぱい永泉を突き飛ばした。
「・・・っ!」
永泉が身のバランスを崩し、床に手をついた。
素早く体を返した泰明が腕でいざって永泉から逃げようとした。
「面白い事をなさいますね」
泰継の着物の裾を永泉は掴んだ。
「でも、あなたの力ではまだ私に対抗出来ないのですよ」
「離せ・・・」
振りほどこうともがいても、永泉の手が外れる事はなかった。
「や・・・」
恐怖を泰継は覚えていた。このまま近くにいては危険だと、頭の中からちかちかと警告が伝わった。
深い場所にある、残された記憶がそう、告げている。
今一度拒もうと上げられた手はしかし、永泉に手首を捉えられた事によって阻まれた。
「さすがに泰明殿と同じ陰の気から創られただけの事はありますね。同じように扱って欲しいと見えます」
「あうっ!」
腕を捻られた泰継が痛みに顔を顰めた。
「そう、その表情も同じ・・・」
震える瞼に永泉が接吻する。
「泰明殿のように扱って差し上げます」
言いざま、永泉は泰継の帯を引き抜いた。はらりと肌蹴た襟から白い胸が現れる。
「・・・!」
「後ろを向いて手を出しなさい」
ぴしりと命令が飛んだ。
「あ・・・」
泰継の唇が戦慄いた。
「素直な方がご自身の為です」
にっこりと永泉が微笑んだ。紫がかった双眸は冷たく泰継を見据えたままで。
視線を合わせている事が出来ずに、泰継は小刻みに肩を震わせながら永泉に背を向けた。


相手が泰継でも永泉は黒いです。泰明に対するのとどう差が付けられるのかがこれからの課題でしょ
うか。
続きます。