「これは珍しいお客様ですね」
写経していた筆を置き、永泉は振り返った。それだけの仕草でも、衣に焚き染められた
香がふわりと漂う。
決してきつくはないが、さりげなく部屋に満ちる香りに泰明は眉を寄せた。
「どうぞお上がりに。扉を開けたままでは寒いでしょう?」
「あ、ああ・・・」
廊下に佇んでいた泰明は促されるまま室内に入った。襖で隔てられた永泉の部屋は、
広すぎるほどの面積を持ちながら、上品な家具が揃えられているせいで、寒々とした
居心地悪さはない。
物というものがほとんどない自分の部屋とは違う温かみに泰明は肩の力を緩めた。
寒い外を歩いた体がぶるりと震えた。
「泰明殿?」
円座を示しても座ろうとしない泰明に永泉が首を傾げた。
「大陸の甘いお菓子でもいかがですか?」
「いや、私は・・・」
「見下ろされるのは落ち着きません」
紫がかった永泉の瞳がすっと眇められた。普段穏やかな光を浮かべているだけに、それは
非常に酷薄そうに見えた。
「・・・すまぬ」
「私相手など立ったままで構わないと?」
「違う、私は・・・」
「それとも理由が何かおありですか?」
永泉は溜め息を吐いた。
「ご用件を伺いましょう」
促してやっても泰明は戸惑っているようだった。それがらしくなく、不思議に思えた。
「・・・永泉」
「はい」
「薬の事を聞きたいのだ」
「お薬・・・ですか?」
ますます永泉はわからなくなった。薬なら薬師に尋ねるのが筋だろう。
出家してより暇々に僅かばかりの薬学の知識を得たが、勿論専門としている者に敵うべく
もない。
位は低いとはいえ、貴族である安倍家の事、出入りさせている薬師も一人二人はいるはずだ。
それとも・・・泰明は皇室の薬園にある物を求めているのか・・・?
「何故私に?」
言葉を選びながら永泉は口を開いた。
「わかる事ならお答えしますが・・・」
「傷薬が欲しいのだ」
「どこかお怪我でもされましたか? それくらいならばご用意出来ますが、傷の程度によって
調合する薬草も変わります。見せて頂けないでしょうか」
泰明がびくりと身を竦めた。
体の横できゅっと握られた拳が小さく震えるのが見て取れた。ここまで歩いて来れたのだから、
骨に到達するような怪我を泰明がしていないのは確かだ。
では何を躊躇っているのだろうか。
「ここ、なのだ」
帯の下を泰明は押さえた。
「腰ですか?」
「いや・・・、もっと、後ろ・・・」
言い難そうに口篭もる泰明に、永泉がクスリと笑みを漏らした。
「わかりました。そこでは医師や薬師に伺うわけにはいきませんね」
くすくすくすと止まらない笑いが続く。
「失礼、します、でも・・・」
ふいに永泉が腕を伸ばして泰明の手を掴んだ。体重を掛けて身を引き、細い体の膝を崩さ
せる。
倒れた瞬間、泰明の顔が苦痛に歪んだ。
「一体何処で悪戯をされたのですか?」
うつぶせにさせた背を全身で押さえつける。
「・・・永・・・っ!」
「見せ下さらないと、お薬を差し上げませんよ? 泰明殿がわざわざ来られるほどですから、
痛みはひどいのでしょう?」
振り払おうと身じろぎかけた泰明の動きが止まった。小柄な永泉など、簡単に退けられるはず
なのに、出来ない理由があるのだから。
その隙に永泉は着物の裾を捲り上げてしまう。
「ご自身で持っていて下さい。隠れてしまわないように」
剥き出しにさせた肌につつっと指が滑った。白い皮膚が粟立つのを楽しみ、裾を無理やり
拳の中に押し込む。
「薬など、もう要らぬ・・・っ」
「ここまでされて?」
足の間に落ちた手が泰明を包んだ。
「は・・・あっ」
反り返る様が子猫のようで、幾度か遊んでみる。
「腰を上げて下さい」
「嫌だ」
拒絶した途端、包まれていただけのモノにぐっと力が加えられた。
「薬師をしての私をお求めであれば、言う事を聞いて頂かなければ」
思う通りの姿になるまで永泉は容赦しなかった。
「やっぱり、出血されていましたか」
優しい動きがそっと円やかな双丘を割る。
視線が突き刺さる羞恥に、泰明は顔を床に押し付けた。
「誰と、と尋ねても答えて下さるわけはないですが・・・。もう少し慣らしてから入れてもらった方が
良いですね。お互いに負担が減ります。・・・このように」
探り寄せた油薬を指に掬い、いきなり永泉が秘所に捻じ入れた。
「い・・・っ!」
「ああ、痛いですね・・・。でも我慢して下さい」
ぐいぐいと根元まで入れてしまってから、中を掻きまわす。
「消炎作用が含まれていますから、お辛いでしょうが傷全てに行き渡るまで・・・」
硬直してしまった泰明の背を、落ち着くようにと永泉は撫ぜた。
「んん・・・」
「これで終わりです。もう大丈夫ですよ」
永泉が小刻みに震える肉に軽く接吻した。
「お薬、用意しますね。一日に何度か使って下さい。それと、治るまで悪い事は禁止です」
乱れた着物を直し、泰明を助け起こす。
「もう座れないという事はありません。どうぞ」
恐る恐る床に腰を下ろした泰明に永泉が抱きついた。
「私を頼って下さって嬉しいです。でも泰明殿の事、埋め合わせをして下さるのでしょう?」
嬉々として永泉は言葉を紡ぐ。
「怪我人相手など、無理は言いませんから。だから早く癒して下さい。・・・ねえ、泰明殿」

という事で次回永泉お遊び編。
あ、また黒に戻ってしまうのかしら。これは後一回だけです。