屋敷の中がどこかざわついていると泰明は思った。しかし、彼の住む一角だけはその
騒がしさから完全に切り離されていた。
初めて迎えた冬。
京に降り始めた雪に、落ち葉を積もらせた庭はすっぽり隠されてしまった。枯草となった
桔梗の花も、全て。
始めは珍しかったものの、その寒さに、踏み出した足に触れた冷たさに、今ではよろい戸
を閉めている事が多い。
身の回りの世話をする式が一日に一度来るだけで、他には訪れる者もなく薄い燭明かり
だけがある部屋で泰明は過ごしていた。
幾度の日が経過したか、もう忘れてしまった。
何もする事のない日々。柱にもたれてただ座っていたりする。眠くなれば眠り、そうでな
ければ起きている。それだけの生活。
退屈という言葉も、他人がどう過ごしているのかも知らないから、こうしている事を不思議
だなどと感じはしない。
人形のように静かで、命の営みが華奢な肉体の内で行われているのかどうかも、わから
ない。晴明の気が屋敷から消えた瞬間だけ、わずかに反応はしたものの。
晴明・・・。泰明を花々の眠りから呼び覚ました男。彼の発する気は強いので、それだけは
理解出来る。
だからといって何も変わりはしないが。
寒い季節が過ぎていくのを泰明は待っていた。否、この寒さが消えるかどうかなど、知識
にはなかった。目を覚ました頃のように、穏やかで、少しばかり温かい風と光がまた欲しい
と願っているだけだ。
晴明がいなければ、あの気が狂うほどの痛みを与えられる事もないので、どこか安堵を
泰明は覚えていた。しかし彼がいなければまた、包み込んでくる温かさも存在しないのだ。
色の違う二つの瞳が物憂げに床を見つめていた。
用意された食事はすっかり冷えてしまっている。最初から食べるような気分でもなかった
から構わなかったが。
桔梗の花を敷き詰め、それらに不安定な生命を支えてもらっていた時期が過ぎると、泰明は
人と同じように食する事を教えられていた。口から物を体内に取り込むのも、慣れた。
一枚の着物だけでは寒さを防げはせず、泰明は早々に眠ろうとした。几帳の陰に置かれた
畳の上には、質素ではあるが一応綿の入った寝具が置かれているのだ。
身を丸くして上掛けを纏えば温かくなる。自身の肩をしっかり抱き、なるべく小さくなって
一人の寒さを紛らわそうとした。
しんしんと静かなくせに、それが音であるような夜だった。きっと外はまた雪なのだろう。
最後に太陽を見たのは何時だったか、と取りとめなく考える。
灰色に重く垂れた雲は京を覆い尽くし、光も空も星も全てがなくなってしまった。
代わりに与えられたのは雪。白く冷たい塊。果てしなく降り続く。
「寒い・・・」
久しぶりに発した声は掠れていた。
晴明がいなければ話す相手などいはしない。野の獣のように鳴く事も知らない泰明の喉は
長く音を出す為に使われていなかった。
口腔深くを擦る空気が不快だった。
足の先が冬の温度と同じくらい冷たい。上掛けを剥ぐってみれば紙のように色を失っている。
「う・・・」
体が凍えた。
今日は、温もりを感じるのが遅い。
包んでくれる腕がない。
それが・・・辛い。

えーっと、今回は序なのでとても短いです。晴泰です。日記SSの永泉は泰明より年下と
あって、幼いですので、大人の方に泰明をしっとり包んで欲しくて書き始めました。次回晴明師匠
登場です。