夜半に泰明は目覚めた。何故眠りが破られたのかわからないまま、燭の消えた真っ暗い
闇に瞳を開く。
「く・・・」
じっとしているだけで全身が疼いた。寒さに固まってしまっているのだ。少しずつ伸ばして
みたが、身を丸めていた事もあいまって、ぎしぎし音がするほど痛む。
既に手足の先は感覚がなかった。
感覚・・・そう思った時、不思議さを覚えた。触角など、目覚めた瞬間に与えられた物。以前は
ありもしなかったのに、今はない事がこんなに辛い。
瞳を凝らしてもただ、闇。泰明に覆い被さって来る。自身もまた、この暗黒と同化してしまうよ
うな錯覚がした。
心の中が不安で満たされた。火とが本能として持っている闇への恐怖を、泰明もまた、知って
いた。
例え創られた存在であっても。
人であれと晴明が命じたのだから。
開けたばかりの瞳を再び固く閉じて泰明は寝具に突っ伏した。
その耳に・・・否、不安に包まれた感覚に、廊下を渡って来る人の気配が伝わった。
式とは比べるべくもない大きな気の流れ・・・。
「あ・・・」
泰明が身を起こした。
白い陶器のような顔に怯えが浮かんだ。


鍵の外される音がことさらに大きく聞こえた。部屋を抜け出し、晴明と形を持たぬ泰継との交わ
りを見た日より、扉は閉ざされていた。泰明の世界は部屋と小さな庭だけに限られてしまった。
訪れた晴明は、どこか疲れたように気だるげだった。何時もより緩く纏った狩衣がその雰囲気
を増長していた。
「・・・泰明」
闇など気にならないとばかりに晴明は足を踏み入れた。さして広くもない部屋で、寝床を抜け
出し、泰明は隅に蹲っていた。
「何をしている? 眠っていなかったのか」
迷う事なく泰明に近づいた晴明が細い腕を取った。
「嫌・・・、」
振り払おうと泰明が力を込めたが、元より晴明に適うはずもなかった。
戸口に控えていた式が燭に火を灯した。黄色い仄かな明かりを受けて、泰明の表情が浮き
彫りになる。
「私が怖いか?」
問いに答える事も、晴明から視線を逸らす事も出来なかった。
「まあ良い」
晴明がゆったりと笑んだ。
「年の瀬にはそうおまえに構ってはいられぬ。陰陽寮に仕える者として、な」
言葉の意味がわからず、首を傾げた泰明の肩に手を触れ、晴明が引き寄せた。着物ごしとは
いえ胸元に包まれ、その温もりに知らず涙が浮かんだ。
「おまえも私とともに仕えるようになればわかる」
大きな手が髪をなぜた。
「次の冬の頃には」
それまではここにいろ、と言外に含まされ、泰明が悲しみを覚えた。ここに、閉じ込められて、
ただ抱かれて。
顔を上げさせた晴明の指が涙を拭った。
「師匠、私は・・・」
泰明の開きかけた唇を接吻が封じた。深く吐息が絡まった。口付けは甘く深いのに、離れた
途端、余韻をかき消してしまう命が告げられた。
床に行け、と。
泰明が首を振った。
痛みの記憶が鮮明に蘇る。体が裂けてしまうほどの激痛。泣き叫んで哀願しても赦されず、
与えられる・・・。
「逆らう権利がおまえにあるとでも思っているのか?」
すいと晴明の瞳が眇められ、冷たい光を帯びた。
「お願いです、あのような事・・・。どうか・・・何でも言う事を聞きます、だから・・・」
拭われたばかりの目からぼろぼろと新たな涙が滴り落ちた。
「言う事を聞くのなら、今の命令を行え、泰明」
「それは・・・あぁっ!」
泰明は力づくで板張りの床に押さえつけられた。背中から氷の寒さが染み入ってくる。それに
身を竦める間すらなく、薄い着物の裾が乱れた所を晴明が捲り上げた。
「止め・・・っ!!」
懐に忍ばせていた小さな瓶の香油を生は剥き出させた秘所に垂らした。
その冷たさに華奢な体に漣が走った。
香油は双丘の切れ込みを伝い落ちて床に滴り溜りを作る。肌に刻まれた筋を追った晴明の
指が固く口を閉ざす場所を突ついた。
「ひっ! あ、あ・・・」
怯えに掠れた悲鳴が泰明から漏れた。圧迫してくる指を拒もうと、小さな入口はさらに引き絞
られた。
「力を抜かねば余計に辛いぞ」
泰明の背は震えるばかりだった。
「・・・強情な」
揃えられた指が二本、力づくで捻じ込まれた。
「あああっ!」
激痛に反り返り、その為にもっと隘路は狭まり、柔らかい肉が晴明の指を締め付けた。
受けている痛みと、絡む内壁の強さは比例する。
苦しくて、振り返りかけた頭は無理に戻された。後頭部に添えられた手がきつく床に押さえる。
「抱かれて私の力を吸収する以外、する事などおまえにはない」
夜の闇が蟠る方向に、泰明の苦鳴が響いた。

という事で晴泰です。後少し続きます。