秋の風は肌寒くて・・・また、この季節が巡ってきたと泰明は思った。これで三度目。
空は遠く彼方に去り、草木の茂る庭には生命の源である桔梗が花咲き始めている。
光が泰明の眠るあたりまで眩しく差し込んでいて、ひどく寝過ごしてしまった事に
気付いた。
体はまだ濃い疲労を残していたが、気分は妙に軽くて、その事に微かな罪悪感を
覚えてしまう。
「・・・っ!」
起き上がりかけた膝が崩れた。
下肢に感覚が戻っていなかったのだ。転ぶように蹲ったせいで腰を打ち付け、ずきりと
した痛みが走る。
足を崩して床に座り込み、泰明は呆然と広い庭を見つめた。
逃げ帰った自分。友雅に嬲られた頼久はあれからどうなったのだろうか。
そもそもの始まりは泰明にある。あのような事を尋ねに行かなければ、頼久とてひどい
羞恥を与えられなくて済んだのだ。
「謝りに行こう」
会ってくれないかも知れないが。
それでも、一言謝罪したい。
泰明の秀麗な顔が、ついと俯いた。白い肌には一糸すら纏っていなかった。
昨夜晴明に抱かれたままの姿だ。きめ細かい皮膚に散るのは赤い花びら。知らず、
頬が染まる。
汗と汚れはきちんと拭われていた。きつく抱かれたにしては、まだ堪えられる残存痛
は、師が手当てまでをしてくれたせいか。


「頼久は出かけましたの」
真直ぐに頼久の住まう場所に向かった泰明を、御簾の陰から藤姫が止めた。
「こんなに朝早くからか? 頼久はこれからが休む時間ではないのか」
夜を神子の警護に当てる頼久にとって、朝の早い間は唯一自分の為に使える時間の
はずなのに。
「何処に行ったのだ?」
藤姫が戸惑うのが御簾ごしに伝わった。
「特に何処とは・・・」
屋敷深くで、表に出る事もなく育った彼女にとって、家人であっても男に問い掛ける事は
憚られたのだ。頼久が行き先を告げなければ、知りようがない。
「そうか。いないのなら帰る」
「あ・・・でも・・・」
御簾が揺れた。内側から藤姫が縋ったのだろう。
「代わりに今朝は友雅殿がお帰りにならずにお待ちなのです。泰明殿が来られるからと
言われて。昨夜はここにお泊りだったようですわ」
泰明がすっと瞳を眇めた。
帰らなかったという言葉の意味する所は・・・頼久を抱いたという事だった。
そんな彼が今さら何の用があるのだ。
返しかけた踵を泰明は戻した。
「わかった。会おう」


木々がざわめいた。
晴明の屋敷より人工的な配置をされた庭であった。大きく育った物もなく、新たに芽吹いた
物もない。全てが管理されている気配のする造りである。
天地の精霊と心を通わす陰陽を司る泰明にとって、どこか落ち着かない場所だった。
人払いがしてあるのか、泰明は誰にも会わずに藤姫に教えられた部屋に着いた。
「・・・?」
泰明は廊下とを遮る御簾をそっと上げた。人の気配が希薄な事に疑問を覚える。
「いるのか?」
薄暗い室内にすぐには瞳が慣れず、泰明は瞬きを繰り返した。
少しずつ視界がすっきりしてくると、友雅が柱に凭れて転寝しているのがわかった。
側に近付いても起きるわけでもなく、拍子抜けした泰明は、ぺたりと座り込んでしまった。
「何だ。彼は・・・」
他の人間の眠る姿を見たのは初めてだった。どうしてよいか見当もつかず、ただ前に
座って友雅を見つめた。
音はなかった。時折風が木々を揺るがすのを除けば。
「あまり私を見ないでくれないか。熱い視線を注がれれば、嫌でも目覚めてしまう」
ふいに腕が掴まれ、泰明の体がびくりと震えた。
「・・・友雅」
「ああ、やっぱり来たね」
「おまえに会いにではない 。藤姫がおまえが待っていると言うから来ただけだ」
「それは残念」
大げさに腕を広げて、友雅が肩を竦めた。
「でも、目当ての頼久はいない。何処に行ったと思う?」
藤姫に答えられなかった事だ。あえて友雅がそれを持ち出したのならば、泰明に関係
あるのだろう。
「晴明殿の屋敷だよ」
「何・・・?」
「折角頼ってくれた君の役に立てなかった事を詫びたいとか」
やんわりと友雅は笑んだ。
「行き違いになったようだね」
「悪い事をした」
「君が思っている以上に」
友雅の言い方が引っ掛かって、不審気に泰明は友雅を窺った。
「昨日酷く動揺した上に泣きまでして君は戻ったのだろう? そして今、その原因が
訪れたらどうなるかな?」
「あ・・・」
さっと泰明が蒼ざめた。
「戻る」
「・・・待ちなさい」
友雅は手を伸ばして泰明を掴んだ。
「離せ、友雅」
「嫌だね」
力ずくで引き寄せ、胸元に抱き込んでしまう。華奢な体が逃れようと身もがいた。
「そのような気になどなれぬ。頼久が・・・」
「今から行っても間に合わないと思うが? ならば贖罪の為にも、頼久と同じ目に合う
といい」
「贖罪・・・?」
「そうだ」
友雅に縋った泰明の手が震えた。

す、すいません・・・何かとても疲れていて、801書く気力がありません・・・
友泰のそんなシーンは次回へ。