泣いた事を悟られぬよう、必死で気を落ち着かせてみてから泰明は屋敷に
戻ったのだが、あっさり晴明に気付かれてしまった。
屋敷の門を潜り、与えられている東の棟に向かいかけた泰明の前に、青い
色をした小鳥が降りてきたのだ。その不自然な動きは、誰かに操られている
事が明白で、師以外にそうして泰明に接触してくる者などいはしない。兄弟子
達などは、近付く事さえ厭うのだから。
「泰明」
つんと尖った嘴から漏れたのは、深いテノール。言葉を紡いでから、小鳥は
羽ばたいて泰明の細い肩に留まり、耳元でさらに囁いた。
「出かける前より惑いが大きくなっているな」
羽が頬を掠め、泰明はぞくりと震えた。心の内を、覗かれたような気がした。
まだ晴明自身に会ってさえいないのに。
何時も晴明は、泰明が秘めておきたい事全てを発いてくる。無理に聞き出すの
ではなく・・・察知されてしまう。
「私の部屋に来なさい。・・・そうだな、酒でも持って」
それで役目を終えたのか、纏った重い気が失せ、小鳥は首を傾げて肩の上を
歩いてから、飛び立った。
泰明はきゅっと胸を押さえた。
先程、藤姫の館で起こった事がまざまざと思い出された。頼久との会話。泰明の
目の前で、衣服を乱され、愛撫されて赤く染まった彼。
抱く事を泰明は知りたかった。
答えられない頼久に代わって、友雅はより答えに近いお膳立てをした。
なのに・・・泰明は、隠しきれない快楽を浮かべる頼久に手を出すより、ああされ
たいと感じたのだ。
体が熱くなった。
治まったはずの、熱。
秋の匂いがする風が泰明に吹き付け、去って行った。


清められ、呪具以外の物が殆どない晴明の部屋は、殺風景で淋しげな印象を与え
ていた。その中で、泰明が絶やさない花だけが異質な趣を出している。
酒瓶と杯を師の前に置き、手をついて頭を下げた泰明に、晴明は顔を上げるよう
命じた。
「藤原の末姫の屋敷へ出かけたはずだが? 何故このように早く戻った」
晴明が頬にある宝珠を撫ぜ、軽く摘んだ。触れてくる指の心地良さに、泰明は陶然
となる。生命を受けた時に初めて知ったのが、この手だった。
まどろんでいた意識を醒まされた不安さに戦く泰明を宥め、包んでくれた温もり。
「どうした?」
顎が持ち上げられたと思うと、接吻されていた。数えきれないほど交わした口付け。
晴明の唇は何時も冷たく、子供のように体温の高い泰明にひんやり染み入ってくる。
「ふ・・・っ」
すぐに唇は離れたが、肩は抱かれたままで、泰明から溜め息が漏れた。
「・・・覚えた・・・疑問の答えを探しに・・・行っていたのです」
「昨夜閨で口にした、睦言にも似たあれか?」
「睦言などでは・・・。師匠に体を洗われた後から・・・悩んで・・・っ」
行いかけた反論は、抱きしめる晴明の腕に力が入った事で遮られた。
「答えは見つかったか?」
「・・・いえ」
「そうであろう」
突然晴明が泰明の着物の裾を割り、静まっていないモノを握りしめてきた。
「はっ、あううっ」
びくびくと泰明が震え、撓った。
強弱をつけて刺激を与えてやると、解放出来ぬ苦しみに吐息が啜り泣きを帯びる。
さりげなく根元を封じつつ、晴明はさらに強く愛撫した。
「や、止めて、下さい・・・っ」
「誰かに挿れたわけでもなさそうだが、この高ぶりだ。一体何に感じた?」
羞恥をあえて煽ってくる晴明の言葉に、泰明は逃れようと身もがいた。逸らされた
顔のせいで剥き出しになってしまった項は、既に朱が滲んでいる。
そこに晴明が噛み付く口付けを降らせた。
「あ、あ、あ・・・っ」
脱力した体は晴明に支えられ、倒れる事も出来はしない。扱かれる度、蕩けてしまい
そうな痺れが背を駆け上って、脳までが同じ痺れに満たされて行く。
こうして、触れられて、高みに昇らされる時が泰明の知る一番の快楽だった。
以上の事など考えつきもせず、また必要ないと思った。
「達きなさい、泰明」
晴明が囁く。
指はもう遮る物ではなく、悦楽へと導く役割だけを果たしている。
「師匠・・・あ、くうっ、あああっ」
包まれた掌から溢れるほどの迸りが、滴った。


ぐったりと横たわった泰明を自身の部屋に戻し、介抱するよう晴明は式に命じた。
晴明が焚き染める香が移るほど激しく抱いた後の事、うっすら瞳は開いているが、
泰明の意識は遠い場所にあった。
情事の気だるい空気がまだ部屋には残っていた。さんざん泰明の涙を吸った絹布を
拾い上げ、晴明は濡れたそれを卓に広げた。
見つめる内に、涙を通して泰明が出会った光景が浮かんでくる。
闇色をした晴明の双眸が険しさを帯びた。
「かように淫らな者に、泰明は教えを請うたのか」
苛立ちに、それ以上泰明の記憶を投影するのを止め、晴明は布をきつく握った。

終わりませんでした・・・ごめんなさい。
次は再び友雅が登場します。泰明、可哀想。そして頼久も可哀想。