晴明は、寛いだ様子でゆったりと胡座し、杯を傾けていた。この年の新酒が
作られるにはまだ早いが、越前の地より京に仕入れられた一品であった。
かの地は水が良い。鉄を含まぬ澄み切った清水と、豊かに実る米。これが酒
の品質を左右する。
9月にしては珍しく、暑い日だった。時折吹き込む風と、背後に侍らせた式が
扇で送ってくる風がそれを和らげている。
結いもせず、流してある黒髪を、風が嬲り過ぎていった。
再び酒を口に運びながら、晴明はチラと目線を横に移した。
円座に座した清明の左、床に伏すように泰明が蹲っていた。
ずいぶん不自然な姿で。
拝跪するには普通、頭を主に向ける。なのに泰明は後ろを向き、下肢だけを
僅かに掲げて晴明に恥ずべき場所を晒していた。
さらに細い脚は大きく開いている。狭間から覗く双玉から白い蜜に塗れた
小ぶりなモノまでが、全て剥き出しになっているのだ。
与えられた衣装は、着る事を許されていなかった。
風は泰明にも触れているはずなのに、彼は涼やかな晴明と違って、しっとり
汗ばんでいる。・・・ふいに、
「んん・・・ん・・・」
鼻にかかった喘ぎが泰明から漏れた。晴明の長い手指が、深々と後孔を
貫いているせいだ。それでも、苦しげな喘ぎだけで、言葉は発せられなかった。
身じろいだ弾みに乱れた髪から顔が覗き、白い絹布が現れた。丁寧に織られた
絹は、泰明の形の良い口元を覆い、未だ文字を知らぬ彼から意思の伝達手段を
奪っていた。
生命を与えられてから初めての夕暮れ。東に向かって開かれているこの部屋
では、落ちていく陽を見る事は出来なかったが、空が赤く染まり、それが徐々に
夜色に侵食されていくのはわかる。
しかし、鑑賞する余裕など泰明にあるはずなどなかった。
貫かれ、内部を曝け出すかのごとき洗浄を受け、指で嬲られている場所は
熱を持って疼いていた。
意識と神経の全てがそこだけに集中してしまったかのようで、堪らなく辛い。
赦しを請いたくても方法はなく、体が逃げかければ尻を打たれた。
冷たい床には、泰明の放ったものがとろりと溜まっていた。幾度も後ろの刺激
だけで達かされ、息も絶え絶えになっている。咥えさせられた晴明の指は、
泰明が空しく吐精する度に、熱くなっていくような気がして、余計に苦しさを
もたらす。
−−−否、泰明はわかっている。原因がこれだけでない事など。
きれいに清められた室内。朝、晴明が去った後、部屋を満たしていた桔梗を
泰明は残らず捨てたのだ。枯れかかっていた花達は縁から庭に投げ出された。
うんざりする匂いを消去した事、あの男に言われた事をあえて守らず、新たな
花で満たさなかった事で、せいせいした気分になり、疲れた体を横たえた。
異変は、昼をだいぶ過ぎた頃に始まった。突然襲った胸苦しさ。休んだはず
なのに増した疲れ。身を起こしかけて全身が熱を帯びている事に気づく。
「のど・・・が・・・」
水が欲しかった。指で掻き毟るように首を押さえる。だが、水とは一体何だ?
頭に浮かんだ単語。あの男に貫かれてから、知らない事が頭の中で次々と
起こる。
水・・・水、どうすれば手に入る?
そうだ。朝、清める為にと使われたのが水。あれを含めば、喉の苦しみは
ひとまず癒されるはず、と何故か知っていた。
ゆっくりと周囲に目をやっても、使われた桶の類はきれいに片付けられていた。
尤も、残されていてもあの忌まわしい水を手にする事が出来たかどうかは
わからないが。水という言葉に、連想されたのはそれだけだった。
起き上がる事も出来ず泰明は体を抱きしめて悶えた。己が屋敷内、しかも手
ずから創りあげた作品の異常に、晴明が気づいていないはずはないはず
なのに。
晴明が姿を見せたのは、一刻の後だった。
からりと開いた扉に、泰明が疲れた瞳を上げた。
「苦しいか? 泰明」
「は・・・い・・・」
「私の言う事を聞かぬからだ」
膝をついた晴明が、一輪の桔梗を泰明の顔の近くに置いた。嫌だったはずの
香気が、脳に染みた。
「これだけではただの気休めにしかならぬが。だが大量の花は今のおまえの
毒になる。
・・・桔梗で満たしておけと命じたはずだ。生まれ出たばかりのおまえは人と
して不完全だ。式と人との中間とも言える存在。常人と同じに過ごすには
早すぎる。源である花から少しずつ慣らしていかなくてはならない」
ついと頬を挟み、乾いた唇を指で辿る。
「水・・・を・・・」
「わかった」
持参した水を晴明は口に含み、口移しに与える。自力で飲み下す力がない
事を充分わかっているからだ。
顎を水が伝い落ちた。こくりと喉が動き、飢えた子供が潤っていく。
「あ・・・」
少しばかり体が安らいで、晴明に支えられたまま、泰明は笑んだ。
晴明が布で溢れた水を拭ってやる。拭布としての役割しかないように思えた
それは、泰明から水気を取っても尚離れず、引き伸ばされて口元を覆った。
「・・・・!」
色の違う二つの煌めきが見開かれる。
頭の後ろで結び合わされ、言葉が奪われた。
「もう夕暮れが近いというのに、暑いな。冷酒でもやりたい気分だ」
手を一つ晴明が打つ。さほど時間も経たずに、涼しげな夏物を纏った女が酒と
扇を運んできた。
膳を揃えてから彼女は後ろに下がり、扇で風を送り出した。
「泰明、私の横に」
ふるふると泰明が首を振ると、強引に腕を取られて引き据えられた。
下肢だけが残され、這わされる。
「ううううっ!!」
くぐもったうめきが漏れた。体の自由は無くしていない。疲れきり、消耗も
激しかったが、晴明から逃げようと、華奢な体に力が入った。
「・・・泰明!」
叱責は短く、きつく。
尻を打たれて、背が反り返る。
「じっとしている事だ。・・・おまえの為に言っている」
晴明の指がつぷりと秘所を割った。

これもどういう事か続きもの。
前後編です。