「友雅、何処へ行く」
狭い牛車の中で、泰明は目の前で優雅に扇子を使っている
友雅を睨みつけた。
「良い所だよ」
幾度目かの問いに、同じ返答。泰明はかなり苛立っていた。
夜明けを迎えたまだ肌寒い時刻。この心地良い風も、束の間だけ、すぐにうだる
暑さが訪れる・・・と名残惜し気に泰明は庭に出た。夜露を乗せた草花が、朝日に
きらりと光る。桔梗咲く秋には程遠く、代わりに控えめな朝顔があちこちに咲いて
いた。
澄んだ空気を味わおうと、大きく息を吸い込んだ時、静けさを破って近付いてくる
牛車の音が聞こえた。
朝から誰だろうかと思ったが、清明邸に訪れる以上、門を開けぬわけにはいかない。
泰明は夜着の上から薄い上掛を羽織り、表へ向かった。屋敷の中は静まり返って
まだ誰も目を覚ましていないようだ。音を立てぬよう、庭に降り、扉を開く。
「−−−友雅?」
開け放った泰明の目に、牛車から降りて来る友雅の姿が映った。
「師に用か? 夜も明けきらぬ内に訪れるなど、よほど重大な事でもあったか?」
「自分にではないかとは、問うてくれないのかい?」
手にした扇ですいと泰明の顎を持ち上げる。
「止めろ」
嫌がって頭を振り、逃れかけた泰明の腕を友雅が掴んだ。
「私は君に用がある。車に乗りなさい」
「こんな姿で外に行けるわけがない」
泰明が屋敷に戻せと言った。必ず戻るから着替える時間が欲しいと。
「車にいれば外からは見えないだろう? それに私は君の言動全てを信じては
いないしね」
「同じ車にはおまえが乗る」
大げさに友雅が肩を竦めた。
「私に徒歩で行けとでも?」
警戒心を露にしている泰明に、ついに友雅は笑い出した。
「確かに。君のそのように艶っぽい姿を見つめていると、自身を押さえられなくなり
そうだ。・・・一番危ないのは私かもしれないね。でも、何時までも立ち話をしている
間に往来に人が見え出したと思わないかい?」
はっと周囲を見回した泰明が、視線を戻した。
「手を離せ」
「・・・嫌だね」
同時に強い力で引かれた。つんのめった所を抱き上げられ、もがくのも構わず、
車の中に放り込む。
「清明殿には一日末弟子をお借りすると言伝を」
付き従っていた者に命じて、友雅も乗り込んだ。
−−−これが顛末である。
牛車にしてはゆったりとした内部には、柔らかな敷物がのべられていた。幾つも
置かれているクッションに身をもたせた友雅がゆったり泰明を見やる。
「もっとリラックスしたらどうだい?」
「−何処に行くのだ」
この疑問がまた口をついた。
「他に言う事はないのかな。折角の機会に、色々話でもしよう」
「おまえが無理に作った機会だ。問いに答えろ」
「さあ、何処だろうね」
「ふざけるな。止めろ。私は戻る」
「ここが何処かもわからないのに? 君は清明殿の屋敷の他は、あまり京の事は
知らないだろう?」
「おまえといるのが嫌なのだ」
突然扇子が泰明に向かって投げられた。細い肩に当たってから、ぽとりと落ちる。
力いっぱいにされたわけではなかったので、痛みは感じなかった。半ば開いた扇子
から、今朝目にしたのと同じ朝顔の絵が覗いていた。
「強情な」
友雅が身を乗り出し、泰明の襟を掴んだ。もともと薄い夜着の事、簡単に襟ははだけ、
薄暗い中に、白い胸元を晒してしまった。
「陽にもろくに当たっていない肌だ。作りは華奢そのもの。私から逃げられるはずもない。
・・・ほら、こうして」
力が加えられ、上に圧し掛かられてしまった。
「友・・・」
言葉が遮られ、唇が奪われた。見開いた目には、緑がかった友雅の髪と、彼の
小麦色の肌しか映らなくなった。
「ん・・・ん、!」
拳が友雅の背を打った。息苦しくなって、離して欲しくて、何度も叩く。
「打つのではなく、しがみついてごらん」
うっすらと離れた唇の狭間から友雅が囁いた。絡んだ吐息は甘い香りがした。唾液が
透明に二人を繋ぎ、切れてしまう前に、また口付けが降りた。
今度はもっと深く、泰明の脳がじんと霞んだ。打とうとした手に力が入らず、縋る物が
欲しくて、自然しがみついてしまう事となった。
良い子だ、とでもいいたいのか、露な胸に友雅が指を滑らせ、撫ぜまわした。
「ぐ、んんんっ」71
感電したように泰明が反り返った。こんなに胸を弄られる事に弱いと知っているのは、
友雅以外には、ただ、師があるのみ。
起伏のない胸や腹部を愛撫した手が、唯一の異物である乳首を摘んだ。
「・・・・・!!」
泰明は辛そうに眉を寄せた。
捩るように引き上げると同じくして、ようやく唇を解放してやる。
「目的地まで、まだ少しある。少し大人しくなるようにしてあげよう」
耳元にそっと囁かれる。
「狭くて苦しいだろうが、堪えてくれるとありがたい」
頬に軽く接吻をして、友雅の愛撫が下に降りていった。

今回は甘々の予定です。一話完結のはずだったのに、あれ?