「や・・・っ」
圧し掛かってくる体を私は必死に押し返した。恐怖に歯が鳴る。それを気取られまいと唇を噛み
締め、逃れようと身を捩った。
優しい逢瀬があると期待などしていない。
私を求める友雅は、何時も強引で容赦ないのだから。
それでも、何故このように扱われるのかがわからない。普段は穏やかで包み込んでさえくる
友雅が、夜になると態度を変える。
抱かれる事を望んでなどいない。私は、決して。
与えられるのは痛みばかり・・・そう、言い切れないのが嫌なのだ。
確かに組み敷かれ、弄ばれるがごときの愛撫に私は燃え立たされる。絶頂は脳を溶かし、
真っ白に意識を染めた。
しかし、強いられてだ。
いいように乱れるさまをつぶさに見られ、消え入りたいほどの羞恥の先には体を割られる苦痛が
待っている。
慣れる事など永遠に来はしない。
二つに裂かれるのと大差ないはずの激痛が、いずれ翻弄される波に飲み込まれてしまうなどと。
「止めろっ」
襟をはだけさそうとする手に、私は爪を立てた。身に纏う物を奪われるのは、自分が酷く無防備で
惨めに思えるからだ。
目の前にいる友雅は、着物をゆったり寛げているが、乱しているわけではない。
私を抱く時、しばしば彼は衣服を脱がないまま、及んだ。
私だけが獣のように一糸まで取り去られる。さもなければ、裾だけ割られ、下肢をむき出しに
されて。
そうされるのはもっと辛い。
友雅が私の体の半分しか必要としていないような気がするから。
暴れる私に苛立った友雅が、力まかせに着物を破った。桜見の宴に招かれた今日の為に
設えた、絹の狩衣が悲鳴にも似た音を立てた。
春の夜の風は冷たい。
ざっと鳥肌が出たのがわかる。白い私の肌
は、異変を簡単に表すのだ。
「このような事をして、何が楽しい」
屈辱に頬が熱くなった。目元までも、つんとしたが、涙を漏らさぬようぎゅっと瞑って堪える。
「答えろ」
頭を一つ振って、熱を追い払い、友雅を睨みつける。あからさまに肩を竦めるのが腹立たしい。
答えぬのなら、私も好きにする。
そう思って友雅から離れかけたのだが、ふいに乱れ落ちていた髪を掴まれた。
「ぐ・・・っ」
力づくで引かれて、根元からごっそり抜けてしまうような痛みに、私は苦鳴した。
「何を・・・」
「抱かれるのが嫌なようなので」
掛けられた言葉は氷の冷たさを帯びていた。
そのまま引きずられ、私は蔀の外、廂へ放り出された。
「帰るがいい」
驚きに瞳を見開いた私を置いて、木の厚い扉が閉ざされた。馬鹿な!このようななりで私に
どうせよというのだ!
残骸と化した着物の破片だけをつけた姿で。
宴の後、名残を留めて友雅の屋敷は明かりがまだ幾つも灯されている。呼ばれた客達は既に
帰ったはずだが、広い屋敷故、未だ眠らずに働いている者も多い。
突然、濡れ縁を回って誰かが現れるかもしないのだ。
背後でかさ、と音がした。
驚いて振り返れば、人の気配に眠りを妨げられた鳥が空へと逃れて行った。
私もあの鳥のように、姿を眩ましてしまいたい。
しかし、式に意識を移す術は知っていても、本体ごと移動させる事は出来ない。
惨めな体はこの場所に取り残されるだけだ。
「友雅! 友雅!!」
拳を握り、私は固い蔀を叩いた。幾度も、幾度も。まるで人などいなくなってしまったかのように、
部屋の中は静かだった。
それでも、私には友雅がいるのがわかる。
私がうろたえるのを苦笑でもしているのか、時折空気が揺れた。
「・・・友、雅・・・ぁ・・・」
頬に今度こそ抑えきれなかった涙が伝い落ちた。溢れた雫は滴って床に落ち、小さな染みを
作った。
「・・・っ!!」
私が立てた大きな音に、何事かと家人が思ったのか。誰かが近づいてくる。
「あ・・・」
怯えが私の心を満たした。見られてしまう! 末席とはいえ、冠位を持つ私の、春を鬻ぐ者と
変わらぬ酷いなりを。
「開けて、ここを・・・お願いだ・・・」
懇願するのは屈辱だった。
それでも、今は友雅にすがるしかなかった。
「私が嫌なのに?」
声が聞こえた。
高い位置から降った声音に、友雅が扉のすぐ向こうに立っているだろうと伺える。
何を言われても私には選択肢などない。冷たい簀子を渡る足音が近づいてくる。
友雅に訴える私の声は既に嗚咽混じりだった。
「入れて・・・中に・・・う・・・ぅ・・・」
「では私にもう逆らわないね?」
「わかった・・・から・・・」
後のない焦りに必死に肯定する。先に起こる事に、考えなど思い至らない。
「おいで」
ようやく開かれた扉の中へ私は転がりこんだ。足がもつれて倒れ、膝を打ち付けてしまう。
その姿のまま、体を起こす事も出来ず、安堵に私は再び泣いてしまった。
「君の気が済むまで泣かせると思うかい?」
脇腹に、友雅の足先が食い込んだ。蹴られて仰向けにされた私を見下ろし、友雅が命じた。
「鞭を持っておいで。どの厨子に入っているか、知っているだろう?」
打たれる痛みを私は知っている。
「嫌、だ・・・」
とっさに首を振って拒んだ私に、友雅はまた外に出されたいのかと問いかけた。
「それだけは・・・」
「ならば言う事をききなさい。ここに入る前、君は私に逆らわないと言ったね?その舌も乾かない
内に、嫌と口にするとは。愚かな子供にはきついお仕置きがいるだろう?」
私を立たせる為に友雅は手を差し伸べた。触れ合った仕草は穏やかで、無体な事を強いられて
いるのを束の間、忘れさせた。
「どれでも、好きな物を」
厨子の扉を開いたものの、納められている物は私が思わず顔を背けたくなるような品々だった。
人を、あるいは獣を打ち据える代物にこれほどの種類があろうとは。勿論、馬などに使うのは厩に
あるだろう。
それに、友雅が家に仕える
者を打つとは考えられない。
これらは全て私の為に用意したのだろうか・・・。
背筋がぞっと冷たくなった。
友雅はもう何も言わなかった。
私が怯えている事を楽しんでいるだろう。急かされるよりも、追い詰められていく気がした。
ぐずぐずしていても、先には進まない。そして、進まないまま、赦してくれるはずがないのだ。
手を上げて、一番最初に触れた鞭を取った。鈍い光沢は、獣の革をなめした物特有だ。
伸ばした腕よりも少し長いそれはひんやりと私の掌の上にある。
今は冷たく感じるこれが、私の肌に打ち下ろされる時、何故燃えるように熱くなるのだろうか。
「それでいいのかな?」
「・・・ああ」
鞭を持ったまま立ち竦んだ私の後ろに近づいた友雅が、耳元で囁いた。
「渡しなさい」
言われるまま、糸で操られた玩具のような動きで私は鞭を友雅に渡した。
「床の上では冷たいからね。御帳台の中へ行くといい。そこでうつ伏せて腰を上げなさい」
私自ら、獣紛いの形になれというのか。
青ざめた顔色を素早く察した友雅の指が顎に触れた。
目線が合うまで上向かされたせいで、否応なく底の深い翠を湛えた友雅の瞳を見つめてしまう。
「子供への罰だ」
触れている手が項から背を辿り、尻を撫ぜた。
「ここを打つのは当たり前だ・・・」
「私は子供ではない」
未だ元服を赦されず、冠をつけた事さえないが。
「子供だよ」
くくっと友雅が笑った。

ドリーム小説「Mistery?2」の泰明目線での書き直し。
後1回で完結。
最近、小説を書く気力が萎えていたのですが(スランプでしょうか。話が上手く纏められなくて)
素敵なお手紙を頂き、心が上向きになりました。
その方へ贈らせて頂きます。
煩悩のまま、書いてしまった上に、Web小説が久しぶりな為、ぎこちない文章ですが、少しでも
お楽しみ頂けると嬉しいです。
続きは今週中にでも。