ちょっと休憩しようか」
             太乙がんっと伸びをした。
           「君もあまり根をつめたら疲れるだろう?」
             机に向かって機械の欠片を弄っている楊ゼンから器用に宝貝らしき物を
           取り上げた。
           「あ・・・っ」
           「こら、人の話を聞いているのかい? 君の方から私の所に来るくらい勉強熱心
           なのはいいんだけどね」
             楊ゼンの鼻を突いて太乙が立ち上がった。
           「お茶を煎れてくるから、この辺りを片付けておいてくれる?」
           「はい」
           「頼むね」
             領巾がふわりと揺れた。
             扉を出て行く太乙を、楊ゼンは目で追った。早くいなくなって欲しかった。
             楊ゼンが好きでもない太乙の所・・・行かなくても普段は彼の方が金霞洞へ
           やって来る・・・へ来たのは目的があったから。
             太乙が造って玉鼎に贈った箱、それについている鍵。
             一つは玉鼎が持っているが、必ず太乙も所持している楊ゼンは思っていた。
             問題の箱に収められているのは、楊ゼンに関係のある物ばかりだった。否、
           彼の為だけに誂えられたと言った方が良いだろうか。
             楊ゼンの体を開く物。そして、躾る物。張形であり、縛める鎖であり、打ち据える
           物であり・・・。
             玉鼎を初めて受け入れさせられて以来、楊ゼンはそれらの物で思うままに体を
           造り変えられた。
             躾は容赦なく、太乙に云わせると調教、楊ゼンのプライドを砕いた。
             受け入れる機能の無い場所に植え付けられるのは、快楽。
             変わっていくのが怖くて、そうされる物が憎くて、楊ゼンは箱の中身を処分して
            しまいたいのだ。
             しかし、箱にはいつも鍵がかけられ、探しても見つける事が出来なかった。
             ならば玉鼎に比べて物の管理に無防備な太乙の鍵の方が、発見は容易い
           だろう。
             楊ゼンは腕で自身を抱きしめた。体の深い部分に異物の感触が残っている。
             今朝の朝まで、長い器具を咥え込まされていたのだ。痛いはずなのに、
           同じくらい強く背筋を貫いていく痺れの正体を、もう楊ゼンは知っていた。
              行動は早くしなければならなかった。手のこんだ茶を煎れるとはいえ、太乙は
           15分もすれば戻って来る。 
              音を立てないように楊ゼンはラボを出た。あんな物を楊ゼンが出入りする所に
           置いていないだろうから。
              太乙の私室に入った。プレートが飾られているので、以前から場所は知っていた。
              だが入るのは初めてだ。周囲を見渡し、最初に目についた棚から探す事にした。 
              細々とした物が太乙の部屋には多い。この中から小さな鍵を探せるのかと、楊ゼンは
           不安になる。何度か通ってやらないといけないな、と棚を探りながら考える。
              太乙に不審がられない程度に。
              楊ゼンが太乙の道府を訪れる事自体が充分不審なのだ。わかってはいたのだが、
           太乙を侮っていたのかもしれない。
              あっと思った時には背後から近づいた太乙に腕を捩じ上げられていた。 
              華奢な体のどこにこんな力があるのか、きつく捕らえられた腕は離す事が出来な
           かった。
           「何かおもしろい事をしてるのかな?」 
              楊ゼンを向き直らせる。
           「私の部屋で」
           「離して下さい」
           「嫌だと言ったら?」 
              瞬間、楊ゼンに蹴られそうになって、太乙は身を翻した。その反動を利用して、不埒な
           子供を壁に叩きつける。
           「が・・・あっ!」
              全身をしたたかに打った楊ゼンが床に蹲った。
           「私の部屋でこそこそなにをしていたんだい? まさかただ見学したかった、なんて訳ない
           だろう?」  
              髪を喉が仰け反るまで引いて上を向かせる。
           「う・・・」
              痛みに楊ゼンの顔が顰められた。
           「君が急にここに来るっていうのがおかしいんだ。そうしたら誰かが私の部屋に入った合図が
           あった。最初からこの場所が目的だったんだ。
              熱心に宝貝を弄っていても、私が席を外すチャンスを窺っていたなんて、気に入らない」
              楊ゼンを突き飛ばして太乙は手近な椅子に座った。
           「私の部屋に君の興味をそそる物なんてあったかなあ。入るのだって初めてのはずなのに」
              観念したのか、楊ゼンは溜息を吐いた。現場を押さえられた以上、言い逃れは出来ない
           し、ただで済むはずもないだろう。
           「・・・鍵です」
           「鍵?」
           「あなたが師匠に贈った箱の鍵です」
           「ああ、あれか。君が欲しかったのは」
              くすくすと太乙が笑った。
           「あるのですか?」
           「勿論」
              言って太乙は先ほどまで楊ゼンが探していた棚から銀のケースを取り上げた。
              後もう少し時間があれば、見つける事が出来たのに、と楊ゼンが唇を噛む。
           「玉鼎が持っているんだから、頼めばいいのに。自分で使いたいので開けて下さいってね」
              中身が何か知っていてわざと太乙は言うのだ。
           「鍵を下さい」
           「玉鼎にも内緒で遊びたいのかい?」
           「違います!」
           「じゃあ何がしたかったのかな? でもあげないよ。私が玉鼎に怒られてしまう」
              太乙は見せつけるようにくるくる鍵を回してから元通りケースに戻した。
           「それよりもね、泥棒の真似事をしたんだ。どうなるかわかっているだろう?」
              悪い事をしたら痛いめに遭うって体に教えてやるのが子供には一番大切」
              楊ゼンは格子の入った窓へと追いやられた。