楊ゼンは落ち着かない気分で一日を過ごした。槍を握り、何時ものように師を
相手に稽古をつけてもらっても、とても集中など出来なかった。
突然、わき腹に鋭い痛みを感じた。玉鼎の出した剣の切っ先が掠めたのだ。
青い瞳が見開かれる。
「・・・・っ」
上着が裂けていて、覗いた素肌に一筋の血が伝った。
「今のは簡単に避けられたはずだ」
玉鼎が膝をついた楊ゼンに近づいた。
「何がおまえの気を散らせている?」
彼は、太乙の企み、楊ゼンの想いを知らないのだろうか? 宥めるように触れて
くる手はただ、優しかった。
「・・・いえ。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「まだ子供故、感情を制御出来ぬのは仕方がない」
「僕は・・・」
楊ゼンは顔を上げた。しかし言う言葉が見つからず、戸惑いが起こった。
急かす事なく、玉鼎の闇の瞳が楊ゼンに注がれた。
「もう子供ではありません」
太乙に言ったのと同じ事を玉鼎にも告げる。
くすりと笑みが聞こえた。
「ではそういう事にしておいてやろう」
傷に指を当てて治してやりながら、穏やかに玉鼎が言った。
「子供ではないというのなら、気を散らせた罰を与えねばなるまい?」
顎を取り、楊ゼンを上向かせる。
「書斎に行き、創造の歴史書を写せ。日が落ちるまで出てくる事許さぬ」
「師匠・・・」
「おまえは私の弟子だ。これは命令だ。行きなさい」
あくまで優しく、玉鼎が背を押しやった。


「さ・し・い・れ」
太乙が果実を搾ったジュースと、イーストの入っていないパンに甘くトッピングした
物を持って部屋に来た。
椅子に座った楊ゼンの傍らに竹管は山のように積まれていたが、そのほとんどに
手をつけてはいないようだった。
「おやおや」
肩を竦ませて、冷たいグラスをテーブルに置く。タンッとした音にぼんやりとして
いた楊ゼンが反応した。
「私に気づかないほど考え事?」
細い太乙の指が、髪を潜って項に触れた。
「ん・・・」
「やっぱりここ苦手? 髪が長くて首を隠していると、弱くなるんだって」
すぐに手は離れたが、じんとした感覚が残り、楊ゼンは狼狽した。軽く触れられた
だけなのに、体が熱くなっている。それが下半身に集まるのがわかって、いた
たまれなかった。
「どうかした?」
行儀悪く太乙がテーブルに腰掛けた。
「夜の事、考えているのかな?」
「・・・違・・・っ」
慌てて否定したものの、声が震えていた。
「可愛いね。心配しなくても、君に酷い事なんてしないから。大事に愛してあげる」
書き上げられた三枚だけの竹管を取り、それで楊ゼンの頭を軽く叩いた。
「ここ、字が間違ってるよ」
テーブルにからりと転がす。
「本当に気が浮いてる。心配? 期待?」
太乙が身を翻した。
「また夜にね。ばいばい」


陽がたっぷり落ちてから、楊ゼンはとぼとぼ自分の部屋に戻った。
時計を見れば8時。食事をする気にもなれず、ベッドに突っ伏してしまう。
不安で堪らなかった。太乙は迎えに行くと言った。それは何時だ?
怖い。
それが本心。師と太乙が過ごしている夜。自分も加われとは。
何をされるかがわからない。太乙の前では知っているなどと強がってみたが、実際
彼らがどうしているかなど、想像もつかなかった。
抱かれるという意味もだ。
伏せたまま唇を噛み締める楊ゼンの耳に、ノックの音が聞こえた。
返事をしないでいると、ドアは勝手に開かれた。
「逃げたかと思った。ちゃんといるね。迎えに来たよ」
ベッドの上に持参した白い着物を広げる。
「起きなさい。師兄のところに行く前に着替えを」
「え・・・?」
楊ゼンが頭を回らせて太乙が広げた着物に目をやる。模様一つない純白の単衣
だった。
「白は無垢。私達の色に染まるように」
立たせた楊ゼンに服を羽織らせ、前を両手で閉じてしまわないよう、持っている
ように命じる。
「・・・何を!」
「少し可愛くね」
小さな筆で合わせ貝の内側に詰めた紅を含ませ、楊ゼンの乳首に塗りこめた。
「止め、て、下さい・・・」
単衣を握る手が震えた。
「ほらじっとして。すぐに終わる。肌が白いから赤がよく映えるね」
性器の先にまで紅を与えられ、羞恥に楊ゼンは俯いた。何故太乙がこんな事をするのか
わからず、恥ずかしさが堪らなく辛い。
「終わったよ。行こうか」
帯をきっちり結んでやり、太乙がにっこり笑んだ。