楊ゼンは初めて降り立った神界で、呆然と立ち尽くした。春の陽が降り注ぎ、柔らかな
風が髪を嬲っていく。
遠くから鳥の鳴き声が聴こえていた。
「どうして・・・」
眩暈を覚えて木に寄りかかる。光、風、木々・・・全てがあまりにも見慣れた物だった。
生きてきた時間の大半を楊ゼンが過ごした場所、玉泉山。幼い頃、転げ回って遊んだ
草原さえも、そのままで広がっている。
「−−−違う」
楊ゼンが頭を抱えた。
「崑崙は落ちたんだ。僕の思い出も何もかもを巻き込んで、壊れたんだ!」
それでも・・・。
風は変わらなくて。
今まで起こった事の方が悪い夢だったのかもしれない。いっぱい悪い夢を見て目覚めれば、
師のベッドで温かく包まれて・・・。
涙が流れた。
「師匠・・・」
歩を進めればすぐに屋敷は現れた。玉鼎は以前と変わらず、膨大な書物のある部屋に篭って
いるのだろうか。
石造りの屋敷は外気より幾分寒かった。楊ゼンが住んでいた時は、あちこちに玉鼎の好きな
白い花を飾っていたのだが、今はそれもなくどこかもの淋しさがあった。
折角春なのだから、また花で満たそう・・・空の花瓶の塵を楊ゼンは払った。
数えきれないほど通った廊下を辿って、書庫へと向かう。最後の角を曲がり、その扉と対面
いざ対面すると、どくんと鼓動が速まった。
ノックするのが躊躇われて、手を半ば上げたまま、楊ゼンは動けなかった。
これも夢だったら?
玉鼎がいなかったら?
不安で怖くて、俯いてしまった楊ゼンは、扉が向こうから開かれた事に気づかなかった。
「−−−本当におまえは」
苦笑と共に抱きしめられる。
「師・・・」
「すいぶん遅かったな・・・。お帰り、楊ゼン」
失われたはずの玉鼎の肉体は、しかし、確かな現実感をもって、楊ゼンを包み込んでいた。
「ただ・・・いま・・・」
ぽろぽろと溢れた涙が、寄せられた唇に吸われた。玉鼎の接吻は頬を伝い降りて、薄く開いて
いた楊ゼンの唇に深く合わせられた。
「ん・・・う・・・」
楊ゼンの記憶にあるどれよりも、口付けは甘かった。目が眩み、体から力が抜ける。
支えている玉鼎の腕の力は強く、傷に響いたが、一向に構わなかった。
「師匠、僕は・・・」
接吻の狭間からようやく紡いだ言葉は、あえなく遮られた。
「口を閉じなさい」
抱き上げられ、書庫の机に運ばれる。染み付いた墨の香りまで全てが懐かしい。
どれほど自分がここに帰りたかったかを、楊ゼンは思い知らされた。
ひやりと冷たい黒檀に押し倒されて、身が竦んだ。
「嫌・・・だ・・・」
着物が脱がされるのを楊ゼンが留めた。今は体を見せたくなかった。燃燈に言われてすぐに
夢中で神界に飛び込んだが、楊ゼンの体には未だ太乙につけられた跡が生々しく残って
いるのだから。
「疚しい事でもあるようだな」
玉鼎の手が肩をぐっと押さえた。
「それは・・・」
楊ゼンが口篭もった。
「脱ぎなさい、楊ゼン」
命令が与えられた。触れていた手さえ離れ、怯えた色を瞳に乗せた楊ゼンだけが机に残された。
「出来ません・・・」
「私から何も隠す事許さぬと教えてきたはずだが?」
顎が掴まれた。
「痛・・・っ」
指が食い込むきつさに、楊ゼンが顔を顰めた。
玉鼎の元に行けば抱かれる事はわかっていた。抵抗する愚かさも知っていた。
初めて体を開かれた時から、玉鼎は思い通りに楊ゼンを扱い、仕込んできたのだ。
竹管で満たされた室内に、裂かれる布の音が響いた。
「いやああっ」
乱暴に衣服を奪われていって、楊ゼンが必死に身を捩った。しかし、窶れ衰えた体では力など出る
はずもなく・・・普段でも玉鼎に敵った事などなかったが・・・易々と封じられて全てを剥がされて
しまった。
残骸と化した最後の布きれが床に落ちる頃、楊ゼンは肩を震わせてすすり泣いていた。
「おまえは・・・」
乳首を捩じ上げられて楊ゼンが悲鳴した。反射的に胸を庇おうとするのを利用して腕を掴み、体を
うつ伏せに返させる。
「−−−太乙だな」
指が秘所に突き刺さった。
「あああっ!」
深く抉られて、わざと酷い痛みを楊ゼンに与える。
「ごめんなさい、ああ、師匠・・・」
「私のせいか」
圧迫が消えた。
「師匠・・・」
「太乙の性格では、私が封神された事で酷くおまえを恨むであろう事は予想される」
「僕が望んだのです」
楊ゼンが体を起こした。欲しかった師に触れられた場所が痛んだ。
「僕が・・・悪いのですから・・・」
「おまえを守る為にした事が、おまえを余計に苦しめたのか・・・」
玉鼎はやつれた弟子を抱きしめた。
「楊ゼン・・・」
「抱いて・・・師匠、どうか、僕を・・・。こんなに汚れている僕を・・・浄化して下さい・・・」
澄んだ青い瞳から、涙が一筋流れた。

続きます・・・。


今回らぶらぶを目指したいのですが・・・。