何時ものように幼い子供がぐずるので腕に包んで眠った夜だった。
夏が近いせいか、どことなく蒸し暑くて寝苦しく、玉鼎は闇に瞳を開いた
まま、楊ゼンを抱きしめた。
角を隠す術を覚えた頭は、蒼天を映す髪で豊かに覆われていた。
玉鼎を真似て伸ばしたいのだろう。最近は鋏を入れる事を極端に嫌っていた。
「・・・?」
真直ぐに流れる髪に沿って指を滑らせた玉鼎が、異質な手触りに首を
傾げた。さりげなく幾度か髪に触れて、それが錯覚でない事を確認する。
次いで、幼子の眠りを妨げないよう、細心の注意を払って、燭1つにそっと
火を灯した。
「やはり・・・」
蒼い髪を仄かな明かりに翳した玉鼎から溜め息が漏れた。
先端がばさばさに乾き、しっかり枝毛まで発生させているのだ。子供故、
屋外で遊ぶ事を好む上に、妖怪の血を引くせいか、体が濡れる事・・・
すなわち入浴が嫌いときている。
気をつけてはいたのだが、体の一番脆い場所に、現れてしまっていた。
「明日には泣いても、行水ではなく風呂に入れて髪を切らねばならないな」
髪は死んだ細胞の集まり。痛んでしまえば、回復する事はない。
やっと背に到達するまでになった事を、この子供はとても喜んでいたのだが・・・。
「仕方あるまい」
あどけなく顔も見せて眠る楊ゼンの瞼に玉鼎は接吻した。唇を通して、目が
動いているのが伝わった。
今何の夢を見ているのだろうか?
歯軋りも、苦しげな表情もしていないので、悪い夢ではないようだが。
「よしんば私の事であると嬉しいが、な」
うっすらと玉鼎は笑んだ。


夜が明けると早速玉鼎は楊ゼンを浴室に連れて行く事にした。金霞洞では広い
屋敷の下に湯の湧く泉を備えていた。否、あえてその場所に屋敷を建てたという
べきか。このおかげで、夏は蒸気が適度な湿度と暑さを和らげる役割を果たし、
冬は湯の熱で屋敷を温めていた。
「師匠?」
抱き上げられるのが嬉しくて、きゅっとしがみついた楊ゼンだったが、運ばれる内に
玉鼎の意図に気づいた。
「やーやー嫌ー」
小さく柔らかい手足がばたばた暴れた。
「こら、じっとしなさい」
力はなくても闇雲に動かれると落としてしまいそうで、玉鼎は困ってしまった。
「お風呂、この間、入ったです!」
「それは何時だ?」
「えーーと・・・」
指を折って楊ゼンは数え出し、すぐに首を傾げた。
「暑い季節には毎日からだをきれいにするものだ」
「でもっ!」
叫んだ弾みで頭から角がぴょこっと突き出した。
「楊ゼン!」
鋭い叱責に、反射的に頭に手をやる。案の定、角が現れていて、楊ゼンはしゅんと
うなだれてしまった。
常に隠していなさいと言われていても、こうして気持ちが高ぶれば、術は解けて
しまう。楊ゼンの心と同調して、真直ぐ尖っていた角がしおしおと丸くなってしまった。
「ごめんなさい、ごめん・・・」
青い大きな瞳から涙が落ちた。
「いや・・・」
玉鼎が表情を緩めた。
「おまえはまだ子供だ」
「僕はっ」
楊ゼンはしがみつく着物を握り締めた。
「早く師匠のようになりたいのに・・・」
「その為には嫌いな事などあってはならぬな? 着いたぞ」
角を曲がり扉を開けると、むっとした熱気に包まれて、楊ゼンは顔を顰めた。
体が小さく震えたが、意思の力で封じ、もう拒否を口にはしなかった。
ここまで体が濡れるのを厭うのは、この子供が妖怪の血を引くからかもしれない。
ふとそう思った玉鼎は、一番浅い場所を選んで服を脱がせた楊ゼンを入れた。
「座りなさい。湯はおまえの座る足を覆うだけだ」
大人しく従った楊ゼンに、優しく湯をかけてやる。石鹸を泡立てて、なるべく刺激しない
よう、ゆっくりと洗っていく。
髪は、座した玉鼎の膝の上に仰向けにさせて、顔にかからないようにしてやった。
「おまえの髪はずいぶん痛んでいる。嫌だろうが、少し切る」
「え・・・?」
楊ゼンが玉鼎を見上げた。
「見なさい」
行く筋も落ちた髪を取り、玉鼎が翳した。
「先がこんなに割れてしまっている。放っておけば、まだ悪くなっていない所まで
広がっていくだろう」
「悪くなったら伸びない・・・?」
「・・・ああ」
「じゃ切って!」
湯の雫を跳ね飛ばしながら、楊ゼンは起き上がった。
「僕は師匠みたいなきれいで長い髪になりたいのです。悪いのなら、切って下さい」
「良い子だな」
玉鼎が楊ゼンの頭を撫ぜた。
「師匠みたいに・・・」
ことりと楊ゼンが頭を玉鼎に触れさせた。

子供楊ゼン、可愛い。やっぱり書いてても可愛いv