楊ゼンが庭先で遊んでいると、チチチッと囀りがした。
「あ、鳥!」
雪の上、楊ゼンから少し離れた場所に、青い鳥がいた。丸い瞳が不思議そうに、
自分と同じ髪の色をした子供を見つめている。
「可愛い!」
捕まえようと、手をいっぱいに伸ばすと、体のバランスが崩れて、楊ゼンは雪に
ぽてっと倒れてしまった。
冷たい雪が厚い毛の上着を通しても伝わり、目が潤んだ。
「寒い〜〜〜」
手で目元を擦ると、袖からふわりと玉鼎の香りがした。否、したような気がした。
先刻替えたばかりの着物は洗い立てで、きちんと糊までかかっているのだから。
ただそれは、玉鼎のを子供用に切り落として縫い縮めた物だった。しっとり落ち
着いたブルーの着物は楊ゼンのお気に入りで、今日も強請って出してもらったのだ。
上から重ね着をさせられたが、大好きな玉鼎と何時も一緒にいるようで、嬉しい。
「泣かないって師匠と約束したから」
小さな手で雪を叩いて、楊ゼンは立ち上がった。
「鳥は?」
見回すと、離れてはいるが、鳥はまだ側にいた。
「哮天」
そっと呼んで、玄関先で寝そべっていた仔犬を招いた。雪に溶ける毛並みを持つ
忠実な犬は、静かに楊ゼンに近づいた。
「あれだよ」
指で鳥を指す。
「捕まえて。僕、飼うんだ」
犬が視線を上げた。
「師匠にはちゃんとお願いするから。行って」
いきなり飛び掛られて、鳥は驚いて羽を広げた。犬は雪の中を追いかけたで、梢に
止まられてしまってはどうしようもなく、途方にくれて楊ゼンを振り返った。
「哮天は犬だから登れないんだ」
楊ゼンも木に走り寄る。走りながら小さな体は猫に変化した。毛の長い猫が枝に跳ぶ。
「−−−!」
ふいに尻尾を掴まれて、楊ゼンはミイと鳴いた。すとんと落ちた獣が受け止められる。
「何をしている」
「師匠」
玉鼎の腕にすっぽり収まった楊ゼンが、師が顔を顰めているのを見て獣形を解いた。
「猫になって鳥を襲うなんてどういうつもりだ」
「襲ってなんか・・・」
「言い訳は聞きたくない。おまえがやろうとした事は、ただの弱いもの苛めだ」
楊ゼンはしゅんと項垂れた。
「きれいだったから欲しくって」
「猫の爪は鋭い。おまえに悪意がなくても、簡単に引き裂いてしまう」
梢に玉鼎は手を差し伸べた。
青い鳥は小首を傾げたが、やがて玉鼎の指に移って来た。
「すごい・・・」
楊ゼンが鳥を見つめた。鳥も、楊ゼンを見た。
「きれいな羽・・・僕は傷つけてしまおうとしてたんだ」
きゅっと玉鼎の着物を握りしめる。
「僕、悪い子でした。僕・・・」
今度は留めようがなく、涙がぼろぼろ流れた。
「強くなって泣かないと言った子はどこに行った?」
玉鼎は鳥を楊ゼンの肩に止まらせ、涙を拭ってやった。
「ひっく・・・えっ、えっ・・・」
鳥が耳元で囀った。
「これはおまえを許してくれているようだが? まだ泣くのか?」
不器用な慰め方だったが、楊ゼンはそっと濡れた瞳を開いた。
「あ・・・」
触れようとすると、鳥は逃げて飛び立った。楊ゼンの周囲を旋回し、少しずつ高く上がって
いく。
「・・・待って」
言いかけた唇に玉鼎が指を当てた。
「生き物は野にあるから美しいとは思わぬか? 楊ゼン」
肩を抱き、幼い体を包み寄せる。
「それとも、おまえは籠に入れられて生活したいか?」
ぶんぶんと楊ゼンは首を振った。
「ならば鳥の気持ちもわかるだろう?」
「はい・・・」
「良い子だ。・・・しかしあの鳥、どこかで見たような・・・」
飛び去った方角に玉鼎は目をやった。
「師匠?」
「いや、何でもない」
楊ゼンを抱いたまま、玉鼎は雪を踏みしめ歩き出した。
「どこに行くのですか?」
すり抜ける風が冷たくて、楊ゼンは暖かい胸元に顔を伏せた。
「貯蔵小屋に果物を取りに行こう」
秋に収穫した様々な果実が、冬の寒さを利用して、屋敷外の小屋に蓄えられていた。
「梨が食べたいです」
「林檎でも蜜柑でも」
玉鼎がつんとした楊ゼンの鼻先に軽く口付けた。
「わあいvv」
甘く口で溶ける洋梨を思って楊ゼンはにっこりした。
その日の夕刻、金光洞で、太乙は困ったように溜め息をついていた。
「逃がしてやった鳥がまた戻って来ちゃったよ・・・」
丸い籠の上に、青い鳥がちょこんと止まっていた。
久しぶりの子供楊ゼン話でした。