これを表に載せるか裏に載せるか、微妙なところで迷いました。
         一応表に分類はしましたものの・・・vv


         玉鼎が部屋に入ると、火の前に屈んでいた楊ゼンがぱっと顔を上げた。
         「おかえりなさい」 
         上掛けを受け取り、服についた雪をはらいながら、仔犬のように纏わり付く。
          たった二日、玉鼎は金霞洞を空けていただけだが、淋しがりな子供に
         とって、すいぶん長い時間だったのだろう。
         「師匠の騎獣が降りてくるのが見えましたので、火を熾しておいたんです」
          すい、と玉鼎の指が楊ゼンの頬に触れた。
         「赤くなっているのは、火のせいだけではないな」
          皮膚の内側から紅を溶かしたように染まる頬は、火の熱の下、ひんやり
        冷たかった。
         「私を待って、寒いテラスにいたのか?」
         「・・・はい」
          玉鼎の溜息が聞こえた。
         「ごめんなさい」
          弾けた気持ちが急激に萎んで、楊ゼンは俯いた。
         「頭痛はしないか? 熱は?」
          額に大きな掌が当てられた。
         「ないようだな。昔からおまえはよく風邪を引いた。何もなければそれで良い」
          楊ゼンは堪らずに抱きついた。
         「火を熾しておいたという事は、次に茶でも出てくるのか?」
         「忘れてました」
          上向かされて、軽く接吻されて。ぽっと体に熱が灯るのを楊ゼンは感じた。
          それを気づかれるのが恥ずかしく、わざと話を別のことに逸らせる。
         「えーっと、あの、今日は紅茶にしてみたんです」
          ぱたた、と手を振るのに玉鼎は苦笑し、背を押してやった。
         「では、一緒に入れるブランデーを持ってきてくれるか?」
         「駄目です。師匠が入れられたら、紅茶入りのブランデーになってしまいます」
         「どこでそんな言葉を覚えた?」
          再び背後から抱きしめられて、楊ゼンが師を振り仰いだ。
         「太乙様です」
         「そうやら、おまえは弟子入り先を鞍替えしたようだ」
         「違います! 師匠。意地悪な事を何故言われるのですか」 
          楊ゼンの瞳が曇った。
         「おまえを愛しいと思うから」      
          腕の中に収まってしまう大きさの体がぴくんと反応した。
         「師匠・・・」
         「私から離れたいとおまえが望んでも、許さぬ。当然の事だが」
         「普通なら言わないような事まで師匠はおっしゃられる!」
          玉鼎から身を翻して楊ゼンは逃れ、戸口でくるりと振り返る。
         「少しだけですよ、ブランデー」
          ミニチュアサイズを指で形作り、返事を待たずに台所に向かった。 


         「今日は良い味だ」
          玉鼎が紅茶を含むのを、不安そうに見つめていた楊ゼンが安堵を浮かべた。
         「おまえはいらないのか?」
         「いいんです」
          苦いから、とは言わなかったが、玉鼎にはわかっていた。
         「おいで」
         「師匠の膝に座るには僕は大きくなりすぎました」
          子供扱いをされた事に、唇がつんと尖った。
         「僕を子供で無くされたのは師匠ではないですか・・・わっ!」
          腕を取られて引き寄せられる。かくんとよろめいた体ごと、椅子に座った玉鼎の
        上に誘われる。
         「まだ私がこうして包める」
         「それは・・・師匠が大きいからです。他の方よりずっと・・・」
         「おまえはすっかり大人になってしまったか?」
          玉鼎の笑いが耳元で聴こえた。 
         「私としては、何時までもこれくらいの大きさでいてほしいのだが。あまり成長
         されても困る」
         「僕だって・・・」
          空いた手で、玉鼎がカップを取り上げた。滴らせたブランデーの香りがふわりと
        楊ゼンの鼻腔に満ちる。
          顔を顰めた楊ゼンの髪に触れてからかい、口をつけて紅茶を味わう。
         「本当に美味しいのですか?」
          楊ゼンが首を傾げた。
         「ああ。香りだけで嫌うものではない」
         「少し、ください」
          以前飲んでみた時には、ただ苦いだけだった。しかし、玉鼎が頻繁に口に
        する物を、共に楽しみたいと楊ゼンは思うのだ。
         「わかった」
          息を吹きかけて紅茶を冷まし、カップを楊ゼンの口に宛がう。赤い舌がおずおずと
        赤い液体に触れた。
         「熱っ」
          楊ゼンが口元を覆った。舌先が痺れるように疼くのを感じる。
         「おまえにはまだ熱すぎるのか?」
          意外そうに、玉鼎が中身を含んだ。そのまま楊ゼンの顎を捕らえ、口移しに
        飲ませてやる。
          口内でさらに温くなった紅茶が与えられた。
         「ん・・・」
          舌は苦さを知覚しているのに、頭脳は甘いと・・・捉えた。喉を温かく通り過ぎ、
        胃がじんわりした。
         「もっと・・・」
          強請る声が自然に洩れた。83
          幾度も、カップが空になるまで、甘い接吻は続けられた。
         「師匠の為にお煎れしたのに・・・すいません」
          自分だけ体が温かくなっているのを、楊ゼンは恥じた。
         「外から戻られたのは師匠なのに、僕、もう一度・・・」
         「必要ない」
          玉鼎の腕にきゅっと力が入り、床に降り立とうとした動きが阻まれる。
         「師匠? すぐ出来ますよ」
         「その温かくなった体の熱を、私に分けてくれれば良い」
          とたんに楊ゼンの顔がもっと赤くなった。
         「言わないで下さい!」
         「嫌か?」
         「嫌なわけ・・・」
          くたりと力が抜けた楊ゼンを、玉鼎はさらにきつく抱きしめてやった。