地上より季節のめぐりの早い崑崙では、その日の夕方、初雪が訪れた。
          一度降り始めると、雪は夜通し止まず、翌朝には足首近くまで積もっていた。
          寒がりな楊ゼンに、玉鼎は子供用に仕立て直した道服を何枚も重ねて着せて
         やった。
          「この部屋に火を熾しておく。おまえはすぐに風邪をひいてしまうから、今日は
         外に出るな」
           立ち去りかけた玉鼎の後ろを、ぷくぷくに着膨れた楊ゼンが追った。
          「師匠は?」
          「私なら書斎にいる。用があったら呼びなさい」
           その言葉には、用がないなら、来るなと、つまり邪魔をするなという意味が込め
          られている。
           楊ゼンの瞳が、何か言いたそうな色を浮かべていたが、玉鼎は振り切った。
           暖炉に入れられた火が赤々と燃えていた。


          「おまえ達は・・・」
          玉鼎の顔が引きつっていた。
          屋敷の中に笑いが弾けているのに気づいた玉鼎が、様子を見に来たのだ。
          先ほど楊ゼンを置き去りにした部屋には、床に大きなビニールシートが敷かれて
         いた。
          「あっ、玉鼎、どうしたの?」
          肩で軽く切り揃えられた髪を揺らして、太乙が振り返った。彼の裾の長い袍の
         足元には、楊ゼンが寄り添っている。
          理由のわからないチクリとした痛みが、玉鼎の胸に起こった。
         「僕は外には出ていません」
          楊ゼンの上気した顔は桜色に染まっていた。
         「だからと言って・・・」
         「師兄、怒らないよー」
          ぷつっと玉鼎が切れた。
         「屋敷の中で雪遊びをする奴があるか!」
         「ひゃっ」
          楊ゼンが竦んで、作ったばかりの雪うさぎの後ろに隠れた。
         「おまえを責めているのではない、楊ゼン」
          玉鼎は手を差し伸べたが、楊ゼンは動かなかった。
         「楊ゼン・・・」
         「あなたが悪いんだ」
         「私が?」
         「そうだよ。人一倍淋しがりな楊ゼンを独りっきりで置いておいたんだから。結果が、
         好きでもない私に寄り添っている」
          近づいて、玉鼎は楊ゼンを抱き上げた。
         「側にいるだけで満足してるんだし、一緒に連れて行けば良かったんだ。師兄に会いに
         来たのに、これじゃあ子守りだよ」
         「わかった」
          雪遊びで冷たくなった楊ゼンの手が、ぴたりと玉鼎の頬に当てられた。
         「師匠、僕は平気です。もう子供じゃありません」
          太乙が吹き出した。 
         「火の前で泣きそうになっていたのは誰かな?」
         「あれは・・・」
          恥ずかしそうに、楊ゼンは顔を伏せた。宙に浮いた足が、照れ隠しにか、ぱたぱた
         動いた。
         「と、いう事で、師兄、そのうさぎを外まで運んでね」
         「・・・・・」
          玉鼎は絶句した。
         「屋敷の中で雪うさぎが見れるなんて風流だと思うけど、解けてきてるから。
         子守りの代金としては安いはず☆」
          楊ゼンが下へ降ろされた。
         「僕も行きます」
         「駄目だ」
         「駄目だよ」
          二人同時に言われて、楊ゼンはしゅんとした。
         「君は雪いっぱい触って冷たくなっているだろう? 温まってから見に行ってもいいじゃ
         ないか。うさぎもちゃんと組み立てなおされているよ」  
          背後から太乙に抱きとめられて、小さな体が暴れた。
         「すぐに戻ってくるから」
          玉鼎が青い髪にそっと手を置いた。
         「・・・はい」
         「良い子だ」
          雪の塊が運び出されていった。
         「火の前にお座り。甘いお茶を入れてあげよう」


          外では、運んだ物を前に玉鼎が腕組みしていた。
         「これはどこに付いていたかな」
          ばらばらになったパーツが周囲に転がっている。
         「雪だるまならこうだろう」
          取り合えず上に乗せてみる。
         「ここに目をつけて・・・多分これは耳だろう」
          適当にあちこちくっつけて一応は完成させた。
         「先ほどとは違うような気もするが・・・?」
          言いながら、玉鼎は戻って行った。   
   
          彼が作ったのはどう見ても、たぬきなのだった。