玉鼎が、馬の背の両脇に、大きな籠を付けるのを、楊ゼンは面白そうに眺めていた。
      周囲をぽんぽんと跳ね回りながら。
     「危ないからじっとしていなさい」
      幾度となく注意されるのだが、幼い子供は珍しい事が気になって仕方ないのだ。
     「僕もやります。師匠のお手伝い」
      哮天ーと叫んで仔犬を呼ぶ。何時も自分が使っているバスケットを持ち出した楊ゼンの
     襟を、玉鼎がひょいと摘んだ。
     「やー、離してー、籠付けるんですう」
      じたばた暴れる体を馬の背に座らせる。
     「うわあ、高ーい」
     「怖いか?」
     「平気です、師匠」
     「落ちないように気をつけろ」
      玉鼎は乗らずに手綱だけを取った。
     「師匠は?」
      幼い声が尋ねた。
     「籠が二つもあるからな。私は無理だ」
     「じゃあ僕も歩きます。降ろして下さい」
      身を乗り出して楊ゼンが強請る。
     「おまえは乗っていなさい。遠いのだから」
     「師匠と手を繋ぎたいのです」
      肩を竦めたが、玉鼎は楊ゼンの望む通りにしてやった。
     「ありがとうございます」
      小さな手が玉鼎の手をしっかり握った。
      ・・・結局、楊ゼンは途中でへばってしまい、玉鼎に抱かれて行くはめになったのだが。
      むずかる子供を草地に置き、水を含ませてやる。
     「楊ゼン」
     「脚、痛いです・・・」
      横に腰を降ろした玉鼎が、小さい体を膝の上に移動させた。
     「言う事をきかないと駄目だとわかっただろう?」
     「ごめんなさい」
      蒼い髪がしゅんと項垂れた。玉鼎はそれを撫ぜてやりながら、顔を上げさせた。
     「おまえを責めたりはしない」
     「・・・」
      アーモンド型の大きな瞳がじっと玉鼎を見つめた。 
     「だから笑ってくれないか」
     「はいっ」
      にこりと笑う幼子が愛しい。
     「元気になったら言いなさい」 
     「いーっぱい持って帰るんです!」 
     「ではおまえも頑張らないといけないな」


      玉鼎が次々落としていく梨を、楊ゼンは拾って歩いた。
     「ぶどーも欲しいです」 
     「先に今のを籠に入れなさい」
      楊ゼンの背丈ほどある籠は入れても入れても終わりが来ないように思えた。
     「んー、んー、大変ですう」
      玉鼎がぽんと頭を軽く叩いた。 
     「おまえが食べるのだろう?」 
      甘い果実が子供は大好きなのである。
      以前約束した通りに山へ果実を摘みに来た二人だった。尤も楊ゼンは半分遊んでいる
     気分なのだ。 
     「葡萄は柔らかいから硬い物から順に詰めるのだ」
     「はあい」
      時々梨の実を齧りながら、一生懸命に集める。玉鼎が一緒にやりだすと、すぐに一つは
     いっぱいになった。
     「林檎もそろそろ実っているのではないか?」
     「探して来ます!」
      犬を引き連れて、楊ゼンが木立に分け入った。


      湧き水のある場所で、持参したイーストの入っていないパンを二人は食べた。
      スライスした野菜を挟んだだけの物だったが、玉鼎が作ってくれたのが、楊ゼンは嬉しかった。
     「頬についている」
      拭った力が強かったのか、楊ゼンが顔を顰めた。
     「んっ、んん・・・」
      瞳を伏せて玉鼎の指をぺろりと舐める。
      その表情が妙に艶めいていた。
     「止めなさい、楊ゼン」
     「だって、甘い。師匠の指」
      妖怪の本性から出た言葉なのか・・・と玉鼎の顔が曇った。人間になりなさいと教えても、まだ
     幼い楊ゼンには無理なのだろうか?
     「師匠が大好き」
      玉鼎の心を知らない子供がことんと凭れて見上げる。
     「そうか」
      くしゃりと髪が掻きまぜられた。
 

     「いっぱいです。お客様が来ても大丈夫です」
      楊ゼンが縁まで満たされた籠を満足そうに眺めた。
      今度は大人しく馬に乗る。一日働いた(?)体が疲れているせいだった。
     「空がきれいです」
      
      秋の日が暮れようとしていた。