コチコチと時計が鳴っていた。ずいぶん古い時計だった。あのようにレトロな木目
        造りの物など、今ではどこを探しても見つからないだろう。しかし、時だけは変わらず
        正確に刻んでいるようだ。
         所在なげに太乙は脚を組み替えた。
        「ああ、動かないで下さい」
         すぐに制止の声がかけられる。
        「上はじっとしてるけど」
        「それでも、脈などに影響が出てしまうのですよ」
         太乙は上目で額に巻かれたベルトを見た。ピッチリと頭を一回りする物からは、何本
        ものコードが延びていた。
        「何時までこうしていたらいいの?」
        「君が機械で人間を造りたいなどというから、人の生態データを採取しているのです」
        「だからって私自身でしなくても・・・」
        「君が造るならば、君の影響を多分に受けますからねえ。データを取るのは当然だと
        思うけど。誰か実験に使ってみたい対象でも?」
        「私は子供を造りたいんだ」
         白衣を纏った雲中子が振り向いた。黄昏色に満ちた室内で、白いはずの服も淡く
        染まっている。
        「子供、ねえ。そういえば、玉鼎が子供を引き取ったとか。最近の崑崙で子供は彼
        くらいでしょうか。玉鼎に当て付けで?」
        「馬鹿な」
         太乙はそっぽを向いた。
         とたんに計器がばんっと強く叩かれた。
        「動かないように、と言ったはずです。データがすっかり狂ってしまった」
        「もういい、疲れた。自分でやってみるから帰るよ」
         額に手を掛け、太乙がコードを外そうとした。しかし、複雑に絡まったそれらは、
        なかなか取れなかった。後頭部など見えない分、手探りで、太乙はいらいらを募らせた。
        「私の貴重な一日を無駄にさせた結果がその言葉ですか」
        「・・・悪かったよ」
        「私は途中で投げ出されるのは大嫌いですね」
         近づいた雲中子が椅子の背もたれに体を寄せ、座ったままの太乙を見下ろした。
        「だから悪かったって」
         太乙の苛つきが増した。
        「外すのを手伝ってくれないなら、退いてくれる?」
        「夕暮れ時まで無駄にされてしまったのだから、最後まで付き合って下さい」
        「嫌だ。私は帰りたいんだ」36 
        「帰ったとて、独りきりでしょう?」
        「関係ないだろう!」
         太乙が雲中子を打った。
        「すいぶんきかん気が強い」
         雲中子がにやりと笑った。
        「私も今は独りでしてね。夜は退屈なのですよ」
        「だから」
         太乙の声は冷めていて、それが余計に雲中子を面白がらせる。
        「ベッドの相手としては、いささか骨ばりすぎているけれど、あの玉鼎が大事にしていた
        体、楽しいかもしれない」
         わざと、していた、と過去形で使い、太乙を傷つける。反論しかけた太乙の口は素早く
        押さえて封じた。
        「君がそういう関係を玉鼎としているのは、勿論知っていますよ。それでいて、他に何人
        ともやっている事も。私と一晩を過ごすくらい、何でもないでしょうに」
         太乙が激しく身を捩って逃れようとした。口を塞ぐ指に噛み付き、脚が蹴り上がる。
        残っていたコードがちぎれ、床に散らばった。
        「私が・・・望んでしているとでも・・・!!」
         悔しさに太乙の瞳に涙が滲んだ。力のない、宝貝開発の腕だけで十二仙に成り上
        がった者と、どれだけ踏みつけにされてきた事か。
         幸せになれると信じて昇仙を受けた太乙に取って、現実は辛すぎるのだ。玉鼎に出会い
        やっと安らぐ場所を得ても、周囲の扱いは変わらず、太乙を痛めつける。
        「有機物、無機物の違いはあっても、同じ研究者として、あなたを見ていたのに・・・」
         肩を落とした太乙は、容赦なく引き寄せられた。
        「言う事はそれだけですか? 人間の感情で仙を計れはしませんよ。ねえ・・・太乙」
         雲中子の研究室に隣接する仮眠の為の部屋に連れ込まれて、太乙は寝台に追い
        やられた。
        「好きに・・・したらいいよ。体だけなら、あなたの自由だ。宝貝のない私は誰にも敵わない」
        「それで充分です。割り切る事で楽しみましょう」
         汚らわしいと、太乙は顔を背けた。心が通わない相手に抱かれるのは苦痛以外の何物
        でもないのだ。
         抱かれる事で悦びを感じるのはただ、一人。その彼も、もう太乙だけのものではない・・・。
        「師兄・・・」
         滲んでいた涙が、眦から伝い落ちた。 
        「こんな時にも玉鼎ですか? 君を見ているのは彼だけではないのに」
         はだけた道服から覗く胸から、赤い果実を捻り、摘み上げる。
        「は・・・っ! いやあっ」
         背が反り返る。さらにきつく捩ると、苦痛を訴える声が強まった。顰められた表情を、
        雲中子がじっと見つめる。
        「君はもしかすると、喘がせるより、痛みを与える方がいい顔をするのかもしれませんね」
        「だったら、何だというんだ・・・! さっさと挿れて終わらせて!」
        「可愛い君がはしたない事を口にする」
         指が太乙の残された衣服を奪った。
        「今日は君と初めてだから、いう通りにしてあげましょう」
        「そして、最後だ」
        「どうでしょうか?」
         体の深い場所を探られる不快感に、太乙が首を振った。
        「嫌なんだ・・・こういう事は・・・」
        「玉鼎以外と、は」
         雲中子から冷笑が洩れた。
        「でも、抱かれる事を知る君は、誰であっても、ほら、こうして・・・」
         意志とは関係なく反応を見せるモノをからかわれる。
        「勿論、男性の生態反応など私は識っていますけどね」
         脚が高く、掲げさせられた。


         眠りの縁を彷徨っていた幼子がぴくりと身じろいだ。
        「師匠・・・」
        「わかっている。戻ってくるから、少し、一人でいれるか?」
         枕もとにすわっていた玉鼎が、蒼い髪をそっと撫ぜた。
        「・・・はい」
         楊ゼンは玉鼎を留めようと駄々をこねる事はしなかった。
         今、結界を破った太乙の気が、酷く傷ついているのがわかったから・・・。
        「良い子だ」
        「師匠をお貸しするのは今日だけです」
         額に口付けを強請ってから、楊ゼンはブランケットを頭から被った。


         玉乙ベースの雲乙というリクでした。
         雲中子を書くのは実は初めて。どんな感じでしょうか?
         ただの別人さんかもvvはうう。