「寒いと思ったら、雪なんだ」
     機械を操りながら、太乙の目が窓へと向けられた。朝から灰色だった
    空は、抱えていた雪を、遂に吐き出したらしい。
     天空に浮かぶ崑崙は、宙により近いせいか、冬の訪れが早い。
     もともと、大陸の南方よりに生まれた太乙には、寒さは苦手だった。
    「今年はいつもより早い・・・」
     暦は11月を迎えたばかり。例年なら後1週間ほどは、寒くても雪を
    見る事がないから。
     雪の冷たさを想像して、ぶる、と肩を震わせる。
     手を、休め、太乙は火に近づいた。夢中になっている時にはわからない
    が、周囲の空気に、体は冷えていた。
     炎に翳した指先が、急激に熱くなって、ちりちり痛んだ。
     暖炉の火は大きすぎるほどに燃え盛っているのに、部屋は寒かった。
     屋敷が石造りのせいばかりではないと、太乙は知っている。
     人気のなさ。
     乾元山に開いた道府には、太乙以外の人間はいなかった。
     仙の称号を得れば、道府を持ち、弟子を取らなければならない。しかし、
    道府は開いてみたものの、未だ弟子を育てるのに自分は未熟すぎると、
    拒んでいるのだ。
    「本格的に降る前に、貯蔵庫に行っておいた方がいいかな」
     秋に収穫した痛みやすい果実は、火を熾す屋敷内に置かず、離れた所に
    ある小屋に溜めてあった。
     厚い上掛けを纏い、太乙は仕方なく外に行く事にした。
     吐息が白い。
     本格的な冬が迫っていた。
    「寒・・・っ」
     両腕で自身を抱きしめる。凍った地面の上、既にうっすら積もった雪に、
    足跡を付けながら、木立を抜け、小屋へと急ぐ。
    「靴、履き替えてくれば良かった。これ、滑る」
     踵が少し高くなった靴は、確かに凍った外には向いていない。近くだから
    と、そのままで来たのを、太乙は後悔した。
    「本当に・・・!!」
     足がずっ、と地を擦った。
     留めようと、逆の足に重心をかけたが叶わず、たたらを踏んでしまう。
    「え・・・、うわっ」
     跳ねるように、2、3歩脇へと移動した先にある物に、太乙の表情が
    固まった。
    「や、止まって!」
     叫んでも、バランスを崩した体は、さらに一歩、動いてしまった。勢いを
    止める事が出来ず、枯れて倒れた木の残骸の上に足が落ちる。
    「−−−−!!」
     踏み抜いた切っ先が、骨を抉って甲から突き出した。血が溢れ、滴った。
     太乙はあまりの痛みに座り込んだ。姿勢を変えたせいで、傷口が動き、
    さらに損傷が大きくなった。 
    「くううっ」
     縫いとめられた足を取り戻そうとしても、触れただけで、激痛が走る。
     とても無理だと、太乙は首を振った。
     雪が降り続く。
     ・・・どれくらいそうしていたか、全身は雪の一部になったように冷え、
   太乙の意識は朦朧と彷徨っていた。
     体は冷たいのに、頭では感じてはいない。麻痺した頭脳では、逆に
    温かいとすら思えてしまう。
     凍死寸前の人間が覚える感覚らしい。
    「仙は不死だから・・・」
     もう、瞳も開けていられない。
     眠くて・・・。
     人のままであったならば、体力のない太乙の事、とっくに息絶えていた
    だろう。
    「それでも良かったかも、しれ・・・な・・・い・・・」
     仙になったとて、こんなに苦しむのならば。
     意識が、途切れた。  


     太乙は温かい何かに包まれていた。気持ち良くて、もっと触れていたくて、
   身じろいだ途端、左足に痛みが走った。
    「−−っ・・・」
     顰められた顔の、顎に手が掛けられ、太乙は上向かされた。先には、深い
    闇色の瞳があった。
    「師・・・兄?」
    「まだ、寒いか?」
    「少し」
     玉鼎の腕がぐいと回され、抱きしめられた。
    「あまり心配をかけさせるな」
    「・・・うん」
     何故?とは聞かなかった。玉鼎がここにいる訳を。全てが幻かもしれない
    から。        
     カチリ、と珍しい紫色のとんぼ玉が翳された。
     太乙の好きな紫。まだ、華大陸には存在しない色。もっと遥か西域でのみ
    造られている。 
    「おまえが欲しがっていた色が手に入ったから、持って来てやれば・・・」
     温かい接吻が額に降りた。
     玉鼎の唇は頬を滑り、耳を擽り、最後には唇に合わせられた。
    「ん・・・」
     体がじんと痺れた。
     太乙は着物を着けていなかった。玉鼎も、また。凍えきった太乙を、体温を
    使って温めたのだ。
    「・・は・・・っ」
     吐息が熱を帯びた。
     接吻だけではもどかしくて、太乙は玉鼎に強請った。
    「師兄・・・」
    「そうした?」
     わかっているはずなのに。太乙を煽っているのは、玉鼎だ。
    「私を・・・」 
     言いかけた言葉が、羞恥に途切れた。白い頬がうっすらと赤く染まった。
     玉鼎は急かさなかった。優しく髪を撫ぜ、落ち着かせる。
    「中から温めて・・・」
     くす、と笑いが聞こえた。
    「そのような事、おまえが求めずともしてやるつもりだ。ただ、おまえの
   無用心さに私は怒っているから・・・きつく扱うかも知れぬ」
     太乙が竦んだ。
     ・・・それでも、頷く。
     力の抜かれた体が、玉鼎に供された。


     沙叉羅様
     こんな感じでよろしいでしょうか? どこが裏? 裏はご想像にお任せ
     だったりして。
     裏とだけ指定がありましたので、あんまりハードには出来なかったです。
     また懲りずにリク頂けましたら嬉しいです。
     きり番には回数制限なんてありません。