もともとは大きいはずの部屋なのだが、機械がぎっしり詰められているせいで、半分
ほどのスペースしかなかった。
機械は四面全てに置かれていて、塞がっている窓の代償に設置してある空調も、
篭る熱をあまり払ってはいない。
夏も近いこの季節、機械が発する熱は堪えがたいほどのはずだったが・・・。
「ん・・・」
一心にキーを叩く太乙の額に汗が流れた。目に掛かるのを煩わしげに擦り、それでも
作業を休めようとはしなかった。
何時から研究室にいるかは覚えていない。重要とも思えない。太乙にとって、機械の
開発が最も大切な事で、それだけが、十二仙としての存在価値だと知っているから。
崑崙に昇仙間もない身が、最高峰の十二仙に抜擢された理由は、仙としての実力では
なく、研究者としてだと思っている。
だから、依頼されて造っている物を完成させようと、こうして寝食も、休む事もせず、機械を
弄っていた。


太乙はすっかり忘れていた。
陽が中天に掛かる頃に訪れた玉鼎の事を。
何かある度に、(さして用がなくても)頻繁に金霞洞を訪れていた太乙がぱったり姿を見せ
なくなったのを心配して玉鼎は、やって来たのだ。
この乾元山の主は、仙としての修行もさして経ずに十二仙に昇格したせいか、他の仙から、
嫉妬による酷い扱いを散々に受けていた。線の細い華奢な外見がさらに禍を募らせ、ただの
暴行だけに留まらず、性的虐待にまでそれは及んでいた。
玉鼎が庇うようになってからは、表立ってはなくなったようだが、実際の所をよくは把握して
いない。・・・太乙は弟子ではなく、同じ地位にある仙なので、お互いが関わりあう時間も
おのずと限られてしまう。
それなのに、何かと理由をつけて、太乙は玉鼎の元を訪れた。些細な、つまらない事で
あっても、側にいたがったのだ。


迎えにも出なかった太乙だが、何時もの事と、慣れている玉鼎は自分で茶を煎れ、サロンで
書を広げていた。
別段変わりがないようなので、帰ろうかと考えたのだが、太乙が僅かにやつれたような気が
して、少し待ってみる事にしたのだ。
邪魔にならぬよう、研究室を辞していたのだが、日暮れ近くなっても出て来る気配がないので、
堪らず立ち上がった。
この様子では、何日も休んではいないのだろう。
「−−−太乙」
呼びかけても、返事はなかった。
窓のない部屋は小さな灯りだけで暗い。手元のランプだけで作業を続ける太乙に、溜め息
して玉鼎は部屋の電気をつけた。
「あまり暗い中でやると目が悪くなる。不死の仙とはいえ、体は人なのだから」
「・・・ありがとう」
礼は言ったものの、顔を上げようともしない太乙の俯く襟に玉鼎が指を掛けた。
「うわっ!」
引っぱられて首が締まり、太乙の喉が鳴った。
「ちょ・・・、師兄、止めて」
太乙は初めてくるりと振り返った。案の定、目の下には隈が出来てしまっている。
「仕事の邪魔するなら帰って」
素っ気なく玉鼎を押しやった手を逆に掴まれる。驚きに色の薄い瞳が見開かれるのも構わず、
玉鼎はその軽い体を抱き上げた。
「離して」
身を捩るように暴れても、玉鼎に敵うはずもなく、何日かぶりに研究室から出されてしまった。
外はこんなに良い季節になっていたんだ・・・と、太乙は窓から見える新緑を目にして初めて
気づいた。
芽吹いたばかりの緑が、夕闇の中でも眩しかった。
運ばれるバランスの悪さに、きゅっと玉鼎にしがみつく。
もう、逃げようとはしなかった。一旦部屋を出されてしまうとどっと疲れが襲ってきたのだ。
「師兄、眠い」
「当然だ。こんなになる前に、少しは自分の事を考えろ」
「・・・だって」
冷たい物言いに、太乙は唇を尖らせた。
”だって師兄にはわからない! 力のない私が、唯一の特技さえなくしてしまったら、存在を
許してもらえなくなるかもしれないなんて事”
ふいに腹立たしさがこみ上げて、しがみつく拳が玉鼎を打った。
くす、と苦笑が聞こえた。
「効かぬな」
同時に太乙は落とされて悲鳴した。
床の固い感触を覚悟したのだが、ふわりと柔らかく体は受け止められる。
顔を伏せていたのでわからなかったのだが、私室に連れられていたようだ。落とされた先は
ベッドの心地良いスプリングだった。
「気持、いい・・・」
ごろりと体を返し、クッションを抱きしめる。
広すぎて淋しいはずのベッドが今日は楽園のように思えた。
そのまま、眠りへと誘われてしまいそうになった太乙だったが、うつ伏せた肩をぐっと玉鼎が
掴んだ。
「何・・・?」
ぼんやり振り仰いだ太乙が、玉鼎の手にした物を認めて凍りついた。
縄。
寝台に持ち出された理由は明白で・・・。
「嫌、だ・・・。今日は止めて・・・」
「聞かぬ」
捕えた手首を合わせて縄が絡めていく。
「や・・・だ・・・」
縛められる事は酷く抱かれる事の始まり。
太乙の瞳に涙が浮かんだ。



深い眠りに落ちた太乙の髪を、玉鼎は優しく撫ぜた。
執拗に苛んだ体は、しばらく目覚めはしないだろう。気を失うまで責めたのは、より深い眠りを
与える為。
それほど、太乙の消耗は大きかったのだ。
汗で貼りついた前髪を掻き上げ、額に接吻すると、腕を回して太乙を抱きしめた。

舘ゆづき様
ああああ、ひとっつもリクをクリアーしていません。かろうじて太乙宝貝を弄る、
だけです。
すごく遅くなってしまった上にこんなにつまらない物なので、リベンジ有りと
させて頂きます。
ここ1ケ月ほど、太乙が降りてきてくれなかったので(笑)、分室の更新もままならず・・・
スランプかと思いました。本当に。

では、リベンジはなるべく早くUPさせますので・・・。意地悪玉鼎編v ちょっときつめの
裏話を目指しますね。