太乙は額から伝った汗を指先で拭った。機械類の発する熱で、部屋はかなり蒸し
暑くなっていた。
今まで本当に気づかなかったのだ。かたりと窓を開け、晩春の風を室内に招き入れる。
柳花の白が眩しい。
火照った頬に手を当て、熱の度合いを測るように、小首を傾げた。こんなに紅潮して
いるのは、暑さのせいばかりではない。
「うふふv」
背後のテーブルを振り返る。
先日来、寝食を忘れて製作していた宝貝が完成したのだ。思い通りの物を作り上げた
充足感に全身が満たされている。この感覚が堪らない。物作りの醍醐味とも言えるだろう。
陽を弾いて光る小ぶりな宝貝を見つめ、太乙はほう、と溜め息を吐いた。
「依頼者に送るのはもうちょっと後でもいいよね・・・」
気分が高楊しているままに、何日かぶりに室内着から、外出出来るような着物に替え、
騎獣に乗って空を駆け出した。
この気の高まりを、治まるまで独りで過ごすなど、とても堪えられそうにない。
ふらりと出掛けるのだから、黄巾力士のように、大きな乗り物は使いたくなくて、普段
繋いだままにしてある獣の背での飛行。
崑崙山に生息する獣は、地上には存在しない物もかなりあった。鳥ではなく飛ぶ獣など、
その最たる物であろう。多くは性質穏やかで人に慣れた。
太乙が騎獣として持っているのは、この一匹だけである。玉鼎が彼の為に捕えて二人で
飼い慣らした、鹿のようにほっそりした獣だった。
ただ鹿にしては毛並みが柔らかで長く、不思議な文様にも見えて、太乙は気に入っている。
空を楽しむほどの時間もなく、太乙の視界に玉泉山が映り出した。見下ろしただけでも
大きい金霞洞の庭先に、ふわりと降り立つ。
「遊んでおいで。ここは君がいた山だから」
慣らされた獣は逃げる事を忘れていた。太乙が呼べばすぐに戻ってくる。わかっているから、
太乙は背を軽く叩いて、木立の奥に去るに任せた。
惑う事も迷う事もなく、太乙は広い屋敷を歩いた。もう数えきれないほどここには訪れて
いた。昇仙を果たし、早すぎる十二仙の地位を得た太乙が、周囲の嫉妬と羨望に傷つけ
られた時に庇ってくれた玉鼎の館。
未だに太乙は自身の道府とここしか、崑崙を知らないのだ。
「師兄、書庫にいるのでしょ?」
ノックもせずに入った部屋で、思った通り玉鼎は竹管の山の中にいた。
「太乙か? ずいぶん久しぶりではないか」
顔も上げずに玉鼎が言ってくるのに、太乙はちょっとむっとした。
「宝貝作ってたからね」
玉鼎の側で直に床に腰を降ろし、両足を投げ出す。
「師兄こそ・・・ずっと何をしていたの?」
「何時もと変わらぬよ」
「私がいなくても、何時もと変わらず!?」
思わず太乙は声を荒げてしまった。言ってしまってから、すぐに後悔して、項垂れてしまう。
「何を苛立っているのだ」
「・・・別に」
抱えた膝に顔を伏せる。高まった気分が萎えていくのを感じた。
「え・・・っ?」
伸ばされた腕に、ひょいと体を持ち上げられた。華奢な太乙の事、軽々と抱えられて、膝に
横向きに座らされた。
「顔を上げなさい」
「や・・・」
内面の感情を、見られたくない。
「太乙」
顎を取られる。触れ合うほど近くから、玉鼎の黒い瞳が太乙を見つめてきた。
「再開の接吻もしてくれぬのか?」
「・・・やだな。そんな事言わないでよ」
太乙が唇を軽く押し当てた。啄ばむようなキスだった。
「ねえ、陽が気持いいから、光のいっぱい入るサロンに行こうよ」
「望みのままに」
玉鼎が、太乙を抱いたまま立ち上がった。
「ちょ・・・っ」
「私がこうしたいと言ったら?」
「・・・いいよ」
腕を首に回して、太乙はしがみついた。


「あ、あ、あああ・・・」
床に敷かれた毛足の長い敷物の上で、太乙は組み敷かれていた。寝台の代わりのソファー
では嫌だと拒んだのだ。
狭い所より、こうして手足を投げ出せる方がよっぽど良いから。
「師兄、師兄・・・」
気が高ぶる。
早く、熱いモノが欲しい。
汗で貼り付いてしまった色の薄い太乙の前髪が掻き上げられた。玉鼎の指が触れるだけで、
達ってしまいそうなほどの、感覚を覚える。
多くの接吻が降り注ぐ。
「んん・・・、師、兄・・・」
焦らされるのが辛い。わかって欲しい。今、自分がこんなにも求めている事を。
くっと膝を立て、玉鼎の体を挟み込む。くすりと彼が笑むのがわかった。
「普段のおまえからは考えられぬな・・・」
羞恥を覚えるような言葉だったが、構わなかった。確かに今日の自分はおかしいのだから。
否、この高ぶる気持の方が本来の姿なのかもしれない。
「欲しいよ・・・師兄!!」
堪らない、堪らない、堪らない!
手を差し伸べて・・・玉鼎が脚を抱えてくるのを、抱き寄せた。

陽の差す場所で、のリクの最初のネームです。
書いてる間に変わってしまったのです。
前作と、舞台は同じで話が違います。