楊ゼンは教主の座についてから、執務室に付随する仮眠室で起居する事が多かった。
勿論、地位に相応しい屋敷が崑崙2内に用意されているのだが、ここ数ヶ月、戻った様子は
ない。
一日の休みもなく、終日政務している楊ゼンが日ごとに生気を失っていっているように、燃燈
には思えた。
普段から決して剛健な雰囲気を与えない楊ゼン故に、それは目立った。ただ、外見の美しさは
些かも損なわれておらず、陽を弾く蒼天の髪は艶めき、青い瞳も白い肌も見る者を惹きつけた。
そんな日々がしばらく続き・・・。
何時ものように燃燈は、未決済の書類の束を抱えて、楊ゼンの元を訪れた。
「今日の分です、教主」
「ありがとうございます」
今は上の地位にあるが、崑崙十二仙筆頭である燃燈への敬意を楊ゼンは絶やさない。立ち上
がり、頭を下げて書類を受け取ろうとした・・・。
「・・・?」
楊ゼンの膝ががくりと崩れた。
「教主!」
慌てて燃燈が楊ゼンを支えた。それを気丈に楊ゼンが拒む。
「大・・・丈夫です。何かに、躓いただけ」
「疲れているのではないか?今日はもう休め」
「いいえ。僕が休めば全てが滞ります」
「重大事もない昨今、教主自らが指示を取られなくても、私や張奎で事足りるはずだ」
「僕が、したいのです」
頑なな楊ゼンの態度に燃燈の瞳が険しくなった。
「自分がどんな顔色をしているのかわかっているのか。十二仙として命じる。休め」
「ですが・・・」
燃燈は、楊ゼンが尚も言い募ろうとするのを遮り、腕を取って引き寄せると当身を食らわせた。
「が・・・はっ・・・」
視界が暗く染まって、楊ゼンは意識を失った。
「世話のやけるやつだ」
線の細い体を抱き上げ、隣室へと運ぶ。仮眠室とはいえ、質素ながらベッドや調度の類はきちんと
設えられていた。
ベッドに楊ゼンを横たえ、襟元までぴっちり合わされた服を寛げてやる。半ばまでボタンを外した頃、
燃燈の指が止まった。
「な・・・んだ、これは・・・」
薄い胸に広がる無数の痣。花弁のように小さな物から、縦横に走る物まで。線を成す痣の形状から、
それは縄目だと窺われる。
さらにボタンを外してみると、痣は途切れる事なく続いていた。否、下肢に近付くほど酷くなり、
打たれた跡や血の滲んだ傷まで加わり出しているのだ。
手当てもされずに放置してある傷は直りが遅い。治癒せぬ上に傷は重ねられ、酷い場所は紫に変色
さえしていた。
「一体誰がこのような事を」
衣服を全て剥がし、調べてみると、傷や痣はくまなく全身を覆っていた。両足の付け根には誤魔化しよう
のない暴行の痕跡。これは愛のある性交などではない。まさしく暴行というに相応しい・・・。
燃燈は周囲を見回したが、仮眠室故、薬の類は置かれていない。しばらく逡巡し、燃燈道府へ取りに
戻る事に
した。


すぐに燃燈は戻ったのだが、楊ゼンは既にベッドに起き上がっていた。
「−−−楊ゼン」
声を掛けると彼がはっと振り向いた。その瞳が怯えている。
「これは燃燈様が?」
全裸にされている事を楊ゼンは言っていた。何度も暴行を受けているから、服を奪われた事に怯えて
いるのだろうか?
「そうだ。薬を持って来たから手当てをしてやろう」
「必要ありません」
「酷い有様だぞ」
「僕にはそんな価値などないのです」
「何故だ?」

燃燈が俯いた楊ゼンの顔を上げさせた。潤んだ瞳、戦慄く唇。教主と呼ばれ、仙道の頂点に立つ彼が、
こんなにも弱く儚い面を持っている事に、燃燈は初めて気づいた。
「・・・僕は・・・悪い事をしたからです。罰を受けて当然・・・罰して欲しいのです」
楊ゼンの告白を、燃燈は黙って聞いた。まだ話し足りないと楊ゼンの態度から思えたからだ。
「師を封神させました。僕のせいで、師匠は肉体を失ってしまったのです」
「おまえのせいで?」
「・・・そうです。だからあの人は僕を酷く罰してくれる。燃燈様も・・・して頂けますか?
ふいに楊ゼンはベッドに押さえつけられた。はっと息を飲む音がしたが、抵抗はなかった。
「手当てをする。仙とはいえ、体の機能は人とは変わらぬのだ」
「要らないと言ってます!」
楊ゼンは身を捩ったが、肩を押さえられていては、逃れる事など出来るはずがなかった。
肩口より僅かな場所にある内出血を残す傷跡に、燃燈がきつく触れた。
「はううっ」
痛みに楊ゼンが反応した。
「まともな痛覚はあるようだな。おまえは自身を痛めつけて満足しているだけだ。玉鼎とて、弟子のそんな
姿、望んではいるまい」
楊ゼンが顔を背けたままなので、溜め息を燃燈は吐いた。
「教主でありながら、おまえが神界に一度も行かぬのは罪の意識か。・・・いいだろう。罰してやる。道具を
持って来い」
燃燈・・・」
楊ゼンの声が掠れたのは、期待か? それとも・・・。
「さっさとしろ! おまえの望みだろうが!」
荒々しくベッドから突き落とされ、打ちつけた体の痛みに楊ゼンがうめいた。
「どうした?」
よろめきながら楊ゼンは立ち上がり、備えつきの棚を開け、縄を取り出した。
「後ろを向け」
背を見せた楊ゼンに手を出させ、一纏めに縛めてから上半身に幾重にも絡めていく。さらには首に回した
残りの部分で、曲げさせた膝をも結わえてしまった。
脚を大きく開かされ、這わされる姿勢に楊ゼンは固定される事になった。
「いい格好だ」
結び目を持ち、燃燈は楊ゼンを持ち上げた。
「うう・・・」
体にある縄に自信の重さが全て掛かり、
肌にきつく食い込む。皮膚が擦り切れてしまうほどの痛みが楊ゼン
を満たした。
楊ゼンを物のようにベッドに投げ出し、天を向いた双丘に燃燈の手が添えられた。
「−−−!」
「ここが一番堪えるはずだ」
いきなり三本もの指が捩じ込まれる。長く尾を引く叫びが迸って、消えた。
「物足りぬか? 指くらいでは」
「あ、あ、ひっ・・・くうう・・・っ」
付け根まで潜った指に尚も押し入ろうと、
力が込められ、間隙をぬって、残った四本目、小指までもが侵入した。
燃燈のしようとしている意図に気づき、楊ゼンが恐怖を覚えた。痛々しく縄を受ける体に漣のような震えが走る。
「痛みがなければ罰にはならない。悦ばせる事なく、より強い痛みだ。さあ私の手を受け入れてみるといい」
ぐぐっと楊ゼンの尻から腰にかけて、負荷がかかった。
「嫌・・・」
シーツに広がる蒼い髪が揺れた。
「痛みが欲しいのだろう?」
突き出させた臀部がぶるぶる痙攣しているのが、挿れている指先から伝わった。
早くも裂けたのか、一筋の鮮血が太腿に流れた。
「あ・・・あ・・・、嫌、止め・・・」
縄で雁字搦めにされて、楊ゼンは逃れられない。秘所に加わる圧迫は益々強く、すぐにもそこは屈服して
しまいそうだった。屈服・・・即ち、裂かれてしまうという事。裂かれて燃燈の腕に貫かれるという事。
「怖い・・・」
「おまえへの罰だ」
「や、やだ−−−っ!!!」
絶叫が、色を失った楊ゼンの唇から溢れた。
すっと、・・・圧力が消えた。
「普通、そう言うのだ」
指が抜かれ、縄までもが解かれた。
「・・・燃燈様」
肩で息を吐く楊ゼンが振り向いた。青い瞳しとどに濡れている。
「命令だ。神界に行け、楊ゼン。しばらく戻る事、許さぬ」
「・・・・・・」
答えない楊ゼンの頬に燃燈が触れた。
「戻っても尚、罪を覚えるのならば、私がおまえの肉体を奪い、神界の住人にしてやる。それで罪に思って
いる事全てが終わりだ」
「わかりました」
「良い子だ」
燃燈が枕もとに薬を投げた。
「あの玉鼎の弟子だ。矜持高く、自制自戒で律しているだろうが・・・。過去ばかり見つめていても何も始まり
はしない。慌てずとも、いずれは皆神界の住人になるのだ」


燃燈が去った後、楊ゼンはしばらく呆然とベッドに座っていた。
意識させられると、体がひどく痛んだ。


楊ゼンが罪を覚えた話は、1月に発行した「砕かれた鎖」(乙楊)に詳しく書いてあります。
NETより2ランクほどきつい話ではありますが・・・。

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