「寒・・・」
庭先に下りた泰明は掌を擦り合わせた。
早い冬の日、まだ酉の刻になったばかりだというのに、外はもう暗い。
草履をつっかけただけの素足に雪の冷たさが染みた。指先はすぐに赤くなっ
た。
足踏みをしてみても暖にはならず、諦めて泰明は桶を取った。
外にある井戸から水を汲むのは泰明の仕事だから。一日に何度もこうして冷
たい外に出る。
細い腕では水を入れるとを持ち上げるだけで精一杯だった。引きずりながら
台所へ向かい、木の扉を開く。
火の気のない土間は表と同じくらい寒々としていた。
隅に置かれている甕に汲んだばかりの水を注ぐ。まだ中には水が残っていた
ので、縁いっぱいに満たされたしまった。
今日の分はもう足りてはいたのだが、急な客が訪れたのだ。
慣れない手つきで火を興し、湯を沸かす。早く出来るようにと、小さな容器を
使ったのだが、沸くまでの間ももどかしかった。
「体は寒くないかい?」
ふっと人の気配がしたと同時に声が掛けられた。
「私が温めてあげようか?」
「客なら部屋でじっとしていろ」
「今日はまたずいぶんと冷たい」
振り返ろうともしない泰明に友雅は肩を竦めた。
「それとも、照れているのかな?」
「戯言を・・・」
かっとなった泰明が振り向きざま、小卓に置かれていた柑子を投げつけた。
それを簡単に受け止められてしまい、苛立ちが募った。
「食べ物を粗末にするのはどうかと思うが」
あくまでもからかいを含んだ口調に泰明が顔を背ける。
「いきなり訪ねて来て何の用だ、友雅」
「君に会いに、は理由として充分だ」
「迷惑だな。客人には茶を出さねばならぬらしいから、そうしてやるが飲んだ
ら帰れ」
「つれないね」
「何故おまえに愛想を振り撒かねばならないのだ」
薄い紅色に焼き上げられた陶器の湯のみに泰明が茶を入れた。
「飲め」
「まるで毒でも入っているような出し方だね」
友雅が口にすると、驚いたように泰明が瞳を見開いた。
「・・・だとしたら、どうするのだ・・・?」
「君が煎れてくれた物だから頂くよ」
湯のみを取る為に近づいたと思った友雅が、それには触れずに泰明に腕を回
した。
「勿論、君を信じているから」
耳元で囁かれて華奢な体がびくりと震えた。
「や・・・」
「こんなにも君を愛しいと感じている私をすげなくあしらった報いに何をさせよ
うか?」
襟元から手が侵入してきた。
「友雅、止め・・・」
「ん、しおらしくなってきたね」
探り当てた乳首をきゅっと摘んでやると、嫌々と首が振られた。神経が集中す
る敏感なポイントはすぐに反応を示した。
肌に埋もれていたのが存在を主張するように立ち上がり、さらなる愛撫を強請
る。指の腹で捏ね回してやると、くたっと体から力が抜け、合わせるようにそこ
も柔らかくなるが、すぐにまた元に戻ってしまう事を、友雅は知っていた。
「んんん・・・」
鼻にかかったうめきに友雅が笑みを浮かべた。
「ここで最後まで行ってしまうには寒すぎるね。趣もない」
「仕掛けたのは・・・おまえではないか・・・っ、あっ」
「君はどうしたい?」
蕩けてしまいそうな意識をかき集め、泰明がすいと腕を上げた。
「表から・・・私の、んっ、部屋、へ・・・」
屋敷の中を通れば誰に見られるかわからないから。
「望み通りに」
友雅が細い肩を促したが、砕けてしまったように泰明の足は動かなかった。
胸を弄られた痺れが既に全身に満ちていたのだ。
「困った子だね」
小さく呟くと友雅は軽々と泰明を抱き上げた。
「友雅っ!」
「こういう時は大人しく頼ってくれたら良いのだよ」
泰明を抱き、それでもまだ自由になる手で友雅が湯のみを取った。
ふいに身を屈められて、泰明が首にしがみつく。
「君を抱いているのだから、伸ばして取るわけにかないだろう? 折角私の為
に煎れてくれた茶を味あわせてくれないか」
「そんな物、何時だって・・・」
体の奥深くにある疼きに泰明は身悶えた。熾されてしまった熱は早く宥めて
欲しくて・・・わかっているはずなのに、焦らす友雅にもっと炎は激しくなる。
「早く・・・」
「つれなかった君がそれを望むのかな?」
額に接吻した友雅が、意地悪く泰明を追い詰める。
「おまえは・・・」
「もう止めてあげよう。本気で拗ねてしまわれても困る」
つんと尖った唇の事を言われていると気づいた泰明の頬が赤く染まった。


冷たい風に泰明が身を竦めた。
「西の空に輝く星が一つあるね」
言われてそっと顔を上げてみると、他を圧倒するほど大きな星があった。
「・・・ずっと気の遠くなるほど向こうに、歴史を変えてしまうほど大きな事があ
ったのだろう。・・・ただ、それも昔の事だ」
「陰陽師としての意見かい?」
「そうだ」
「歴史を変える、か。尤も、遥かな先では私達には知る術はないだろうけどね」
星に背を向け、友雅は雪を踏みしめた。
夜になってまた降り出すのか、空気はさらに温度を下げたようだった。


Merry Christmas to you.

クリスマスの書き下ろしです。もうイブ終わってしまいましたね。
神様とのデートは寒かったです。
夜に教会に行くのはクリスマスとイースターだけですが、今年は休みで良かったです。