永泉が起居している仁和寺は、一条よりもさらに北にあった。腕に抱かれる
ように背後には山々を控え、もうそこはすっかり秋の色に変じていた。
吹き降ろす風は、洛中よりも一足早く冬を運んでくる。
縁に出た永泉は、その寒さに掌を擦り合わせた。
「もう、雪も近いでしょうか」
室には既に炭を入れていたから、外との温度差が際立った。
庭は赤い落ち葉が敷き詰められていた。踏みしめると柔らかな感触がして、
それが永泉は好きだった。
ふと、誰かの気配がした。
皇室である永泉の部屋の周囲に、許可なく近づく者などほとんどいないという
のに。
「例外の一人であるあなたはここにいらっしゃるから」
視線を今出てきたばかりの場所に向ける。
寒さが入らぬよう、しっかりと閉められた扉の向こうには、今ようやくの眠りを
得た存在がいた。
地へと続く段に座って、永泉は感じた気配を待った。
落ち葉を踏んで駆けてくる足音。その軽さに思い当たりのある永泉の顔に
不思議そうな表情が浮かんだ。
「おは、ようござい、ます」
冬衣の裾をひらひらさせて彼は現れた。この季節には、地味な色合いが好
まれるというのに、何時もと変わらぬ黄味がかった明るい衣装を纏っている。
整わない呼吸のまま、永泉に寄った詩紋が、顔を上げた。
「ご自分の世界に帰られたとお伺いしましたが・・・」
永泉の問いかけは当然の事だった。
夏の始まりに、京の穢れを祓い、鬼を追った龍神の神子は巻き込まれる形で
召還された二人を伴って、元の時代に戻ったはずだ。
八葉も務めを終え、宝玉も失った。
なのに・・・。
「茜ちゃんは今でも時空を繋げる事が出来るんだ。言われた時はびっくり
したけど、仲良くなった人と永遠の別れにならなくて良かった」
にっこり笑う詩紋の無邪気な顔に、そうですね、と永泉は答えた。
「お背中の物は何でしょうか。下ろされた方が・・・」
「うん。永泉さんにお土産」
小柄な体には荷がかちすぎるほどの大きなリュックを、詩紋は背負っていた。
「それとね、僕にそんなに敬語を使わないで下さい。ね、永泉さん。僕はあなた
みたいになりたいのです」
「私のように、ですか?」
永泉は軽く首を傾げた。
「部屋にいるのでしょ?」
細い手がすっと上がり、永泉の背後を指差した。幼さを残す大きな瞳の奥に
潜む光を永泉は見つめ返した。
「・・・わかりました。私のようにとは、面白い」
赤い唇が笑みの形に持ち上がった。
「これ、開けてみて下さい」
押しやられたリュックの中には固いごつごつした物が多いようだった。
「きっと喜んでもらえると思って」
「さて、何が入っているのでしょう」
永泉が袋の口を開いた。
「全部、玩具です。楽しく遊べる物ばかり」
昼の日差しの中に広げられた数々は、当然ながら永泉には初めて目にする
物ばかりだった。
しかし、それらが放つ淫靡で禍々しい様子は伺える。
「勿論、一人遊びではないでしょう?」
「当然です」
片手では余るほどの太い玩具を詩紋は取り上げた。長さは彼の肘ほどもある。
「からくり・・・って知っていますか?」
「唐渡りの品に、時々あるようです。人が手を触れずに動いたりする物の事
ですね」
「僕の世界では、もっと巧みです。ほら」
詩紋の手が軽く底部を押した。とたんに昆虫の羽音にも似た、鈍い音が起こった。
「持ちきれないくらい、震えて動いているのがわかりますか?」
玩具自身が、激しく蠢いていた。先端に到っては、ぐるぐると回転さえしている。
「面白いですね。外から触れるだけで、こんなにも響くとは」
永泉が振動を受けている詩紋の腕に触れた。
「では、身の内からではどうでしょう」
指先は柔らかな肌を伝って玩具に到達する。少し躊躇ってから、蠢く強さを確認
する為に、それを握った。
「だから僕は永泉さんが好き」
玩具を投げ出した詩紋が、永泉に抱きついた。
「仲間に入れて下さい、とは言いません。でも、時々お手伝いだけでも・・・。僕が
探し物を見つけるまで」
「構いませんよ」
永泉がふわふわした髪を撫ぜた。黄金に光を弾くそこからは甘い香りがした。
「あなたの探される物を私も助けて差し上げたいのですが、こればかりは他人が
関わって良い事ではありませんね。一日でもその日が早く来るよう、み仏にお祈り
しておきます」
「はいv」
「では、どうぞ。今日はいろいろと教わらなくてはいけないでしょう? 先ほど眠らせ
たばかりで、泰明殿には悪いですが・・・」
永泉の柔らかな笑みが深くなった。
「楽しい物は早く試してみたいものです」
「ありがとうございます」
促されて詩紋は立ち上がった。        

たまにはこんなお遊びな話も。
闇永泉復活です。小闇詩紋も再びです。前後編。
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