泰明は自分が人よりも華奢な造りをしているという実感があまりなかった。短い生命の中で識っている
狭い世界の中で比べる対象が少なかったせいでもある。
だから・・・自覚のないまま、彼を侮っていたのかもしれない。異世界から龍神の神子に連れられる
ように召還された者。何ほどの事があろうか、と。
背を強かに床に打ちつけてしまうほどの勢いで押し倒され、その痛みが薄い胸に広がるに至って、泰明
は初めて瞳を見開いた。
幾つ灯した所で闇を追い払う事など出来はしない燭明かりの朧な光が、圧し掛かる男の顔に深い影を
刻んでいた。未だ成熟しきらない、しかし決して子供ではない表情がじっと泰明を見下ろした。
「案外、簡単だな」
ふっと天真が笑った。
「何をしている・・・退け・・・」
腕を突っ張り、上にある体を除けようと泰明はしたのだが、天真はびくともしなかった。
「それで精一杯か? まあこんなに細っこくては仕方ないか。陰陽師は箱入りでも勤まるんだな・・・
うわっ!!」
泰明の脚が跳ね上がり、天真を蹴りつけた。
「危ねえなあ」
背を蹴られたものの、大した衝撃ではなかった。逆に後ろに回した手で足首を掴み、胴へとぎりぎり折り
曲げる。
無理に筋を引き伸ばされた泰明に苦痛の色が浮かんだ。
「痛・・・っ、止めっ!」
「オレに痛い目を合わせようとした脚だぜ? 報復を受けて当然だろ?」
「おまえが悪いのではないか。おまえが・・・先に・・・」
天真の目的がわからない泰明はそこで口を閉じた。
「なあ、犯らせろよ」
「・・・?」
あまりにもさらりと言われた言葉がすぐには理解出来なかった。不思議な光を宿した瞳が、二、三度瞬か
れた。
脚を離した天真が泰明の頬を包んだ。
「この目が、涙してるのを偶然見ちまった。忘れられねえ。何時も取り澄ました顔してるのに・・・だから
オレの為に流させてみたくなった」
「・・・ふざけるな。私を愚弄しているのか」
「勿論、冗談なんかじゃない」
「離せ!!」
身を捩り、天真を上から退けさせようと暴れる体は簡単に制せたが、本来体格的に大きな差がないのだ。
抵抗が収まらない限り自在にする事は出来なかった。
天真は舌打ちし、腰に差していた脇差−武士団の詰め所に寝泊りするようになってから身につけている−
を二本とも抜いた。
「天真・・・っ」
儚い光を鋭い刃先が弾いた。それが振り上げられる。凍りついたように泰明は剣が落ちてくるのを見つめた。
鈍い音が室内に響いた。
「な・・・」
仰のいた首の上で交差させ、床に突き立てられた刃物。いずれもみねではなく刃が柔らかな皮膚に向けら
れている。
「大人しくしてないと切れるぜ?」
刃の冷たさを感じるほど喉ぎりぎりに刺さっているのだ。下手に動く危険性は泰明にもわかった。それでも・・・
泰明の矜持は諦める事を拒んだ。
「こんな物・・・」
伸ばされた手が脇差の柄を握った。突き立ったのは小刀だ。天真が頼久と同じ長刀を見につけていなかった
のが泰明には幸いに思えた。握るのがやっとの長さのそれを一息に引き抜こうとしたのだが・・・。
「・・・!」
泰明の顔が強張った。
「不自然な体勢からだと、上手く力が入らないだろ?」
無理な力の入れ方に震える指を短が剣から剥がした。
「終わったら抜いてやる」
何かを言いかけた唇は、隠しきれない怯えに発する言葉を紡げず、歯だけがかちかちと鳴った。
「この手は床に添えてしっかり体を支える事に使え」
口元に寄せた白い指に天真が接吻した。常からなのか、泰明の指は唇に冷たかった。
「嫌だ・・・、い・・・あっ」
叫びかけた事によって動いた喉に鋭利な痛みが走り、泰明は息を詰めた。
「極まった涙はとても流しそうにないな・・・また・・・何時か・・・」
泰明の手が天真に着物を掴んだ。出来る限りの拒絶を含めて。小刻みに震える身体は最早、逃げる事など
叶わないが、せめて、心だけは・・・と。
そんな泰明を一度、切なそうに見やってから、天真は強引に細い脚を抱え上げた。
押し当てられたモノの熱さに泰明が構える間もなく、それは身を裂く圧迫になった。
「−−−・・・うううっ」
止めて欲しいと、訴えかけた唇は、ぐっと噛み締められた。それでもうめきまでを封じる事は出来なかった。
体に満ちる痛み。まだ抱く相手に対する加減というものをを知らない天真に容赦なく貫かれ、泰明に冷たい
汗が滲んだ。
肩に担がれた足先が痙攣していた。
膝が胸につくまでに押し付けられる頃には、泰明は天真の全てを受け入れさせられていた。
見開かれたままの瞳は未だ、起こっている事態が信じられないとでもいうのだろうか。
「動いてもいいか」
返事がない事など当然で、それは天真もわかっているから、言葉と同時にずっと腰を引いた。
深く埋没したモノが出て行く、何とも言い難い異物感に泰明の顔が歪んだ。しかし、覚えた空虚も束の間、
またしても体は激痛に襲われる。
「あ、あ、あ・・・」
衝撃に堪える為か、一度だけぎゅっと目が閉じられた。それが再び開いた時、天真があれほど見たかった
涙があった。
「苦しみなのに・・・」
天真はぽつりと呟いた。
「こんな状況でも透明に光ってきれいだな」
流れ落ちる雫を目で追いながら、天真の動きは次第に速くなった。
突き上げる度に漏れる喘ぎ。汗ばんだ肌の艶やかさ。床に乱れた柔らかな髪。視界に入る全てに天真は
どんどん熱くなり、動きも激しさを増した。
無意識に仰け反りかけた体が傷つかぬよう、剣を抜き取ったのは最後の理性だった。
泰明は首から凶器が去った事に気づいていないのか、逃れる動きは見せなかった。
身を傾げて噛み締めた唇に口付けた天真が、熱く纏わりつく泰明の中で解放するまでには、それほどの
時間は必要なかった。


荒い呼吸を繰り返し、意識を失ったように眠る泰明の横で天真は朝を迎えた。
御簾だけが下ろされた室内は、熱が去ると晩秋の風の冷たさが実感出来た。
「また何時か・・・」
苦痛ばかりではなく・・・。
今一度頬に接吻すると、触れた髪に泰明が小さくうめいた。
乱れた衣を丁寧に直し上着を掛けてやってから、覚えた胸の苦しさに、天真は部屋を後にした。

No.22222、さとみ様からのきりりくです。今回ちょっとねたの関係でNo.15000より早くなりました。
テーマは「鬼畜な天泰」でした。
いかがでしょうか。テーマ通り鬼畜になったでしょうか・・・。

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