晴明編

御簾が上げられる前から泰明は何かを感じていた。
胸の内より湧いてくるどこか落ち着かない気配に身を竦め、前を見つめていた。
晴明に誘われた部屋。
秋の陽光が差し込むまでに室内が開かれると、そこに敷きのべられた物に覚えた感情の原因を悟った。
今を咲き誇る桔梗の花だ。
部屋に満ちるほど摘まれても尚、庭には多くの紫が風にそよいでいる。
「師匠、私には・・・もう・・・」
必要ない、と言いかけた泰明の背を晴明が軽く押した。踏み込んだ足が濡れた花を踏みつけた。
慌てて後退さったが、新たに花びらを潰す結果になっただけだった。
砕かれた花弁はさらに匂いを増した。
「果たしてそうだろうか。おまえが必要ないと口にしても、花達は思っておらぬかも知れぬ」
立ち尽くす泰明に近づいた晴明が細い顎を捉えて上向かせた。
「どういう・・・」
「自然より隔絶されたはずの花が靡いているではないか」
「・・・!」
「おまえは私の陰の気。・・・だが器はこの花々が与えた物だ」
すいと身を屈めた晴明が一輪を手に取った。
「この色がおまえには一番映える」
緑がかるほど薄い色彩の髪の結い上げた場所に長い茎が差し込まれた。
脳の奥深くまで芳香に満たされた泰明の脚が縺れ、床に膝をついた。目元を掌で覆い、眩暈にも似た
衝撃が去るのを待つ。
昨年の秋より以前はこの花の中に包まれていたのに。
今はこんなに異質な感覚を覚えるのだ。泰明が彼らとは完全に隔てられてしまったせいだろうか。向こうが
求めたとしても、もう戻れないほど。遠く。
泰明の望みは別の場所にある。
「私を連れて下さい、師匠」
伸ばされた手を晴明は掴んだ。
人として無垢すぎる泰明の思いは素直すぎるから・・・そして晴明だからこそ、間違う事なく受け止められる。
去年は花に抱かれて。今年は決別して。

桔梗の花咲く晴明邸にて。


友雅編

口付けられていた泰明の喉がこくりと鳴った。
「・・・っ!」
慌てて、抱きしめる男の胸を押し、体を離す。口元に手を当てて咳き込んでみても液体は既に異の腑に
納まっていた。
「何を、飲ませた・・・」
「酒だよ、ただの」
泰明に気付かれぬように取り寄せていた杯を友雅は掲げてみせた。
信じられないと泰明がそれを奪い、舌先でちろりと舐めた。先ほどは接吻に紛れて味などわからなかったが、
口中に広がった苦さは覚えがあった。
意識を失うほど責め抜かれた後に含まされた事があったからだ。
「今日で20歳になったのだろう?」
友雅が再び泰明の肩を寄せさせた。広い胸に顔を伏せながら、泰明の顔はふっと曇った。
偽りの年を彼に言わなければならない自分がやるせない。
しかし・・・真実を告げた所で友雅が信じるはずもないだろう。
自分が・・・去年の同じ日に創られたなどと。
「大人になった記念に。未だ烏帽子も被らぬ君だけど、私はもうきちんとした大人として扱いたいね」
烏帽子を与えられぬという事は元服をしていないという事だ。
屋敷の中で雑事を行い、陰陽師としての修行半ばの身としては当然なのかもしれないが、泰明は来年の
春には出仕をするだろう。それなのに・・・。
「おかしな物だな。姿はとうに成人しているというのに。時折君がひどく幼いように思える」
「友雅、私は・・・」
「黙りなさい泰明」
囁きで友雅が泰明の言葉を封じた。低い声音が背に染みた。このように名を呼ぶ物など友雅しかいない。
すとんと脱力して身を預けてきた泰明を友雅が苦笑して受け止めた。
「秘密は少しずつ明かしていくのが面白い」
「悪趣味だな」
「それも一興。君にならば」

永泉編

「そろそろ床は冷たいですか?」
泰明の上に乗り上げた永泉がそう尋ねた。膝で胸を押さえつけ起き上がれないよう圧力を掛けながら赤い
唇が笑みを刻んだ。
「どうなのですか?」
「・・・問題ない」
ふっと泰明が顔を背けた。
「そうですか。泰明殿はすぐにお熱くなられますから・・・」
白い手が着物の裾を強引に割った。剥き出しの腿を無遠慮に撫ぜまわし、付け根の翳りに潜り込ませる。
「は・・・あっ」
泰明の全身が強張った。きゅっと握った形を確認し、永泉は小さく竦んでいるそこに口付けた。
「ん・・・」
巧みな永泉の舌使いと温かな口腔に泰明の体の奥に炎が灯った。
室内に淫靡な音が響いていた。あえて音を出す事で泰明の羞恥を煽り追い詰めていくのだ。
高い矜持を纏う泰明により効果的な方法を、幾度も夜を過ごす間に永泉は心得ていた。
「優しくしてあげます・・・今日だけは」
先端の小さな合わせを舐め、滲み出す滴を掬い取った永泉が言った。
「・・・泰明殿の生誕日ですから」
「永泉・・・どうして・・・」
彼に教えたはずなどない、と熱に侵された頭で泰明は考えた。
「全て知りたいと思うのは、愛する者として当然でしょう?」
「何を・・・は、あああっ」
「達かせて差し上げます。遮らずに。泰明殿のお体が求めるままに何度でも」
その言葉の残酷さに泰明は気付いていない。
促されしてくる永泉の愛撫に、果て無きうねりとなる最初の絶頂を泰明は解き放った。

このサイトの主要3キャラに出てもらいました。超短編の連なりです。甘く軽くを目指しましたが、最後の
永泉が微妙なところでしょうか。

Happy Birthday...

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