痛む体は、もう僅かも動かせないと思った。うつ伏せに放置されたまま、
明け方の冷気に浸されるのに、泰明は任せている。
上掛は友雅が与えてくれたが、迎えたばかりの春の寒さをいくらも
遮ってはいない。
流した涙は濡れた染みとなって凍っていた。
冷えきった身体で、泣き腫らした瞳の周囲と、力ずくで裂き開かされた
下肢だけに、火を灯したような熱があった。
乱れた髪の下から覗く首には、締められた手の跡がくっきり残り、あえかな
呼吸の度に、ひゅっと苦しげな音が漏れた。
気づいた時は、独りだった。寝台には既に友雅の気配など微塵もなかった。
安堵すべきなのに、何故か最初に感じたのは淋しさで、それが理解出来なくて
泰明は戸惑った。
手には彼の着物を握り締めた記憶まであった。貫かれながらすがりつき、眠り
に落ちても、離さなかったのだろう。
ふっと彷徨わせた指先に、桜の花弁が触れた。襟に差された小枝は、全てを
剥がされた時に落ち、二人に散り乱されていた。
「・・・・・・!」
廊下を渡って来る足音がした。咄嗟に泰明は身を竦めてしまう。
「−−−泰明」
「師匠・・・」
泰明は慌てて身を起こしかけたが、とたんに背を突き抜ける痛みに襲われ、
床に伏してしまった。
「そのままで構わぬ」
口調からして、師が泰明の傷ついている理由を知っているのは明らかだった。
勿論、友雅が扱えるはずのない呪符で自身が封じられた時にわかってはいた。
細い肩が震えた。
「来ないで下さい」
体は痛んでも、師の前で伏せた姿ではいられず、泰明は床の上でもがいた。
形良い手指がシーツを固く握った。
「かなりこたえているようだな」
泰明の制止も意に介せず、晴明は枕元に座した。
「何故・・・」
色の違う双眸が清明を見つめた。
「おまえに仕事だ」
問いには答えず、淡々と晴明は告げた。彼が何かを言いつける以外に、泰明の
住む一角に訪れる事などなかったのを、思い出す。
「このような体で、どうやって行けと・・・」
晴明の手が、泰明に触れた。焚き染められた香が頭をくらりとさせた。
「おまえは私を継ぐ者。汚れを払う事を拒むのは許されぬ。例えどのような状態で
あっても」
指がつ・・・と目元に滑った。
「泣くのを覚えたか。感情無くしては流せぬ物を」
「離して、・・・」
怯えが泰明を覆う。未だかつて、師がこれほど側にいた事がない故に。
「動けるよう、手当てをしてやろう」
上掛を取られた。薄暗い室内に、光を放つような白い肌が現れる。
「止め・・・っ!」
叫んで振り上げられた手首を晴明が掴んだ。強引に引かれて体が浮き、背を
走る痛みに泰明の顔が顰められた。
「それで、私を打つつもりか?」
「あ・・・」
師に手を上げるなどもっての他だった。
「・・・大人しくしなさい」
晴明の声には何ら感情が込められていない。
「師匠・・・」
「手負いの獣を扱うように、縛められたくはないであろう?」
泰明をうつ伏せに横たえさせ、晴明は持参した薬箱を開いた。
「あ・・・うっ」
秘所に薬が塗り込められた。びりっと染みてうめきが漏れる。敏感な粘膜を焼き
ながら、なぞるように入口を指が蠢いた。
やがて濡れた音を伴って、指が深く差し入れられた。絡み付いてくる肉壁を宥め、
ゆっくり擦られていく。
「あ、あ、あ・・・」
熱くて、堪らなくて、泰明が頭を振った。師の指を咥え、全裸の恥ずべき姿を晒し、
それでも、体が熱くなる。
「・・・心を得れば、おまえはもっと強くなれるだろう」
晴明が乱れほつれた髪を撫ぜた。
「泣く事も、怒り、快楽も、もう覚えているではないか」
「今一度尋ねます・・・師匠、何故あの男を・・・私を貶める彼を・・・」
「彼が八葉の中で一番おまえを慈しんでくれると知っているからだ」
「嘘だ!」
驚いた泰明は師に向き直った。それが挿れられたままの晴明の指で内壁を
抉られることとなってしまう。
「く・・・っ」
肘をつき、衝撃をやりすごそうと堪える額に汗が流れた。
晴明が蒼ざめた顔を上げさせる。
「私は人形を創ったのではない。本来あるべき心におまえは気づいていない
だけだ」
抜き取った指を晴明が拭った。
「もう起き上がれるはずだ。依頼人を待たせてある。支度をしなさい」
出て行きかけた晴明を、泰明が呼び留めた。
「師匠」
「どうした?」
「私から、桔梗の香りがしますか?」
「まさか。花の化身ではあるまいに」
晴明はくすりと笑んだ。
残された室内で、泰明は膝を抱えた。
「あの男は私が香ると言った・・・。そして、簡単に私を見つけた・・・」
考えてはみても、応えなどわかるはずもなく・・・。

晴泰ですv Dollシリーズの閑話休題ちっくな話です。
次からはまた、友泰に戻ります。
本当、この話に結論出るのかなあ。心配になってきました。