泰明の着物を汚さないよう、永泉は床に転がったグラスを注意深く取り上げた。
博多の港に届いたばかりの、大陸の飲み物。甘く芳醇な味と香りがするが、その
色は濃く、染みつくと洗っても取れないからだ。
「血と見間違うような汚れをお付けして帰せば、誤解を生みますからね」
そこで、ふと永泉は首を傾げた。
「誤解ではありませんか」
くすくすと笑い、倒れ伏す泰明の頬に触れる。長い睫毛に縁取られた瞳はゆったりと
閉じられていた。
幾度となく触れ、泰明が深い眠りにある事を確かめる。
「少ししか私は入れなかったのに」
グラスに忍ばせた粉は、普通ならば意識を朧にさせるくらいのはずだった。
泰明が薬に弱い事を意外に思いつつも、永泉は満足そうな顔をした。
これはこれで面白い、と。
「どこか不思議なところが泰明殿にはおありですから・・・僅かな薬で眠られてし
まうのも、また一興」
上から覗くと、肩を超えるほどの髪がさらりと落ちた。青みがかるほど艶めく流れが
泰明を彩る。
口付けしたい衝動に駆られ、永泉が呼吸の為に薄く開かれている唇に顔を伏せた。
想像していた通り泰明は甘かった。
吐息ごと受け止め、思うさま唇を味わう。接吻は次第に深くなり、舌を侵入させた
永泉が、泰明のそれを絡め取る。
「ん・・・」
泰明の眉間が苦し気に寄せられた。
夢中になりすぎたと気づいた永泉が、すっと体を起こした。乱れた息を吐く泰明が
軽く汗ばんでいた。
喉元を指で辿り湿った肌の感触を楽しみながら、固く閉じ合わされた襟元を寛げて
やる。
「お暑いでしょう?」
地味なまでの狩衣を外し、下の単を大きく開く。現れた皮膚は夏の陽など意に介さぬ
とばかりに象牙色に白かった。
永泉はうっとりと瞳を細めた。
隠したいと思うから、泰明は何時もきっちりと衣服を整えているのだと・・・実感した
せいだ。
期待した通りにきめの細かいきれいな体を泰明はしていた。
唇を再び奪う事なく、永泉は滑らかな喉へを口付けた。温かな体温が触れ合った
場所から伝わった。
外気に晒した事で泰明を覆った汗は熱を失い、体は急速に冷たくなっていく。
永泉がしっかりと抱きつき、それを妨げようとした。
「・・・そうですね」
内より新たな熱を生ませれば良いのだと気づいた永泉は胸の上にぷつりと存在
する乳首を指で弾いた。
泰明がびくりと背を撓らせた。
「驚かせてしまいましたか?」
手荒く扱った事を償うかのように、今度はゆっくりと摘み上げ挟んだまま優しく
擦り合わせた。
「ん・・・あ・・・」
泰明の頭が振られた。
熟睡していたのも束の間、少しの薬量で、眠りは覚醒へと向かいつつあるようだ。
指で嬲る事を止めはせずに他の場所を求めて永泉の唇が落とされた。
白い肌は呆気ないほど辿る軌跡を残し、朱色の花があちこちに散らされた。
「可愛いですよ」
きゅっと腕を回して泰明を抱きしめる。
「お人形のようで・・・ねえ、泰明殿」
胸に手を這わせると、鼓動が速くなっているのがわかった。
「好きです、とても」
まだ残っていた酒瓶を取り寄せぽたぽたと滴らせる。
ふいの冷たさに反応した泰明の瞳が見開かれた。
「あ・・・」
「気がつかれましたか?」
「永、泉?」
「暑気あたりでしょうか。お加減が悪いみたいですが・・・」
「気分が優れぬ」
軽く目元を覆った泰明が体を起こしかけたが、自身の着物がすっかり脱がされて
いる事に戸惑った。
「暑そうでしたから」
しれっと言ってのけた永泉の手が肩を押さえつけた。
「何をする」
怪訝そうに永泉を見上げた泰明だったが、体に力が入らず拒む事は出来なかった。
「まだ起きるには早いです。ふらふらするでしょう?」
「・・・大事ない」
体調の悪さは自覚していた。しかしそれが永泉のせいだとはわかっていない。
「いいえ。そのような顔色で」
「顔色?」
「青ざめています」
「そうか。・・・私は病気なのか?」
「何故そう思われるのですか?」
「体に染みが・・・」
腕を持ち上げた泰明が、肌に散る赤い印しを永泉に翳した。
永泉はこみあげてくるおかしさを必死で噛み殺さなければならなかった。
「ああ・・・これですか」
「問題ないのか?」
「ええ。日が経過すると自然と消えるでしょう。・・・でも、少し治療をしておきましょうか」
「頼む」
「では体の力を抜いて、リラックスして下さい。全て私に任せて、抵抗したりしないで
下さい」
「わかった」
あっさりと従った泰明に、可愛いですよ、と呟いて永泉は細い体の上に乗り上げた。

知能派なのか・・・永泉。