月が見えていた。春の夜はまだまだ寒く、庭先に座り込んだ泰明は止まらぬ
震えに身を抱きしめた。
夕刻からこうして外にいる。
月の明るい夜故、隠れる場所は限られてしまっていた。葉をつけ始めたばかりの
木々の下、塀の陰で・・・。
冷たくなった手に吐息を掛ける。僅かにじんわりと温かくなるのを、逃すまいと、
再び体をきゅっと縮めた。
「寒い・・・」
ふいに自分が空しくなった。
何故、このような事をしているのか。あの男に怯え、獣のように息を殺して。
屋敷の中はまだ人気がなかった。泰明のいる一角は、夜になると誰もいなくなる
のだ。
明け方まで、彼が諦めるまで、と気を宥めて膝を抱えた。
「・・・君からは花の香りがするんだよ」
泰明は驚いて顔を上げた。気配などなかったというのに。目の前で友雅がおもしろ
そうに見下ろしている。
「気づいていなかったのかい?」
掴まれた腕を泰明は振り払った。
「私に触れぬな!」
「追い詰められた小動物そっくりの反応だね」
すっと身を屈めた友雅が、泰明の襟元に桜の小枝を差した。
「桜を手折るのは愚か者、というけれど、君に似合うと思ってね。咲き始めたばかり
で美しいだろう?」
ふふ、と笑みが聞こえた。
「また、私を辱める気か」
「当然の事を尋ねるのかい? 丁寧に文まで残しておいてあげたけど?」
泰明は唇を噛み締めた。
「さあ、君の部屋に案内してくれないか。外でやるにはまだ寒すぎる」
「帰れ」
「聞けないね」
途端に、ひょいと抱き上げられて、泰明は狼狽した。
「暴れない。落したらどうする」
友雅の腕は力強く、危なっかしい所はない。それでもじたばた暴れる泰明に苛立った
のか、首を傾げ、その唇を塞いだ。
「う・・・」
息が苦しくなるまで呼吸を止めさせておいてから静かに離れ、友雅が囁いた。
「花の残り香を辿って行こう。君の部屋まで」
探すまでもないのだ。ここには泰明しか住んでいない一角なのだから。
家具調度の殆どない部屋を友雅は興味深気に眺めた。
「ここまで生活の匂いがしないのも、感心する」
「・・・生活? 何かを揃えたりするのが楽しいのか?」
「人によるけど。ああ、夜具はきちんとあるんだね。敷きのべてあるという事は、私を
待っていてくれたのかな?」
「私は逃げようとしていたのだ」
「幼子の隠れ遊びのようにかい? 案外君は可愛らしい」
朝のままにしてあった床に泰明を降ろす。乱れた夜具は、放置されていたとわかる
のにわざと友雅は言うのだ。
「縛って欲しいかい? 抵抗するなら仕方がないけど・・・ね」
ぷいと泰明が顔を背けた。
「君に選択権を与えてあげよう。優しく抱かれるか、否か」
「どちらにせよ、私を痛めつける事に変わりはない」
「痛めつけるとは、心外な物言いだ」
大げさに友雅が肩を竦めた。肩に落ちかかる色の薄い髪がぱさりと音を立てた。
「抱く相手は大事にしてあげてるつもりだが・・・」
泰明の顎を取り、振り向かせる。
「きちんと私の顔を見なさい。誰に抱かれるかくらい、しっかり作り物の頭に刻み
つけるんだ」
「離せ・・・!」
伸ばされた指が、友雅の頬を掠めた。爪が肌を傷つけ、うっすらと血が滲む。傷を
負った友雅よりも、その赤い色に接した泰明の方が驚いた。
熱い物に触れたように慌てて手を下げる。実際は微かに付着しただけの血液に
温かみなどあるはずがない。
軽く頬を拭って、友雅が唇を吊り上げた。
「全く強情な子供だ」
「あ、ぐううっ・・・うっ、」
首を締め上げられて、うめきが漏れた。友雅は容赦なく細い泰明の首を締め、
がっくり項垂れるまで力を緩めはしなかった。
「ここまで気が強いと、返って屈服させがいがある。もう、私の意思で、そうしたい
のだよ」
ねっとりと舌を絡めて接吻し、朦朧としている泰明の衣服の下を奪った。
「楽しませて貰おう」
部屋の入口をたんっと開け放つ。
明るい月の光が、白すぎる泰明の顔を照らした。
「美しいよ。この体に真実の心が宿れば、もっと素晴らしい」
喘ぐように薄く開いている泰明の唇に、そっと指を触れさせる。吐息は湿って温かく、
ただ人と何ら変わりがなかった。
拒んでいるのか、求めているのか・・・舌がちろりと唇を割って現れ、友雅の指を
舐めた。
友雅が応えて、揃えた指を口腔深くに差し入れた。
「ん・・・」
「意識のはっきりしていない時が一番可愛らしく見えるなど、私もまだまだ・・・」
君から求めさせてみせる、と呟き、抜き出した指を、昨夜の記憶を残して切なげに
開閉している後蕾に這わせた。

何だかわからないまま、またもや続きます。
いい加減清明師匠を出したいなあ。