友雅に両手首を壁に縫いとめられたせいで、抱えていた紙の束がばらばらと落ちた。
木の目がわかるほどに押さえつけられ、泰明の形の良い眉がくっと寄せられた。
「・・・何をする」
「相変わらず涼しげな顔をしているね」
睨みつけてくる視線を受け流し友雅は細い首筋に唇を這わせた。
「ん・・・」
ぞくりと痺れが背筋を覆った。接吻されただけなのに、そこが怪我でも負ったかのように、熱くなる。
「おまえが・・・暦を欲したのではないか・・・」
散り乱れた紙に泰明が非難の声を上げる。
「それは君を呼ぶ理由だよ」
「おまえのくだらぬ事に師匠まで巻き込んだのか」
「晴明殿が?」
顔を離した友雅が泰明を見下ろした。
「偽りなど私は言わぬ」
「あの方は全てお見通しとは少々癪に障る」
あえて泰明を遣わした事に。日頃、安倍の家の一番末端の弟子と親交があったものの、友雅は暦を届ける
相手を指定はしなかったのだ。
泰明が来なければ別の方法を考えれば良いだけなのだから。
ふっと不思議な色をした泰明の瞳に不審さが浮かんだ。心に覚えた苛立ちを感づかれた事に友雅は気づく。
「道のりがどうであれ、結果は私の望む通りになった」
細い泰明の手首を一纏めにしてしまうと、空いた右手を夏着物の襟にもぐり込ませた。
「止め・・・っ」
「立ったまま、というのも面白いだろう?」
耳元に寄せた唇で囁いてやる。
「ふざけるな」
身を捩って逃れかけるのを、やすやすと封じて体ごと泰明を壁に押し付ける。侵入した指は薄い胸元を探り、
つんと尖った乳首を掠めた。
「んんっ!!」
泰明がびくりと竦んだ。
「私が触れる前からこんなにして、何かを期待しているのかな?」
軽く摘んだそれを捻りながら意地悪く友雅は問うた。
「い、や・・・」
崩れかかる体を友雅が支えた。
「きちんと自分の足で立ちなさい、泰明」
「ならば、止めろ・・・、あ、あ、あっ」
日差しの指し込む室内。ニ面は壁で、一面は格子で遮られている。しかし、残った場所はただ御簾が垂らされて
いるだけで、何時人の目があるかもしれないのだ。
「無様に膝をつくのか?」
泰明を煽る言葉を口にする。思惑通り、腕の中の華奢な陰陽師は唇を噛み締め体を固くした。
嬲る指を止め気はさらさらなかったせいで、友雅のいたぶりを受けながら泰明は小さく震えた。
「そうだね・・・。折角しゃんとしたのだから、自分で下履きを脱いでごらん」
「いい加減に・・・」
「欲しいから、こうなっているのだろう?」
布の上から友雅は泰明の腿の間を撫ぜた。
「あうっ!」
「ほら、腕は解放してあげよう」
友雅という支えをなくした泰明は壁に凭れた。俯いた表情はわからないが、荒い呼吸が彼の乱れを表している。
「一人で終わらせるとでも? それも一興」
ゆるりと泰明が頭を振った。
「出来ぬ・・・そのような・・・」
「選択肢がないのなら、私に従うしかないはずだ」
追い詰めた泰明が上着をたくし上げるのを友雅は見つめた。
黒い下衣が床に落とされ、対照的な白さを醸す肌が剥き出しになった。
「良い子だね」
ご褒美に、と友雅がふわりと泰明を包んだ。
微かに感じた馥郁たる香りに、泰明は顔を埋めかけた。それを遮り、友雅は笑んだ。
「駄目だ。君の力で立ちなさいと言ったはずだ」
既に汗ばみ始めた脚を友雅は撫ぜ上げる。
「は・・・あ・・・」
反応して喘ぐ形にうっすら開いた口腔へ、指を咥えさせた。
「しっかり舐めておきなさい。君の為にも」
次に触れられる場所に気づいた泰明が、顔を背けかけた。
「望まないなら、乾いたまま使っても、私は構わないが?」
「友雅・・・」
「どうする? 今すぐ君の唇から抜いてしまおうか?」
爪先が歯列を擽った。止めきれなかった唾液が漏れ、泰明の顎を伝う。
本当に指が外されかけて泰明が慌てて追い、舌を絡めた。舐めているというにはあまりにも稚拙に吸い上げては
溜め息を吐く。
その無心さに押さえきれない笑みを零し、友雅が泰明の左足だけを抱え上げた。
「私に縋りなさい」
短く命令すると同時に泰明から奪い返した指を下肢へと潜らせた。
「・・・・・・!」
「何故力を入れている? 抜かないと痛いだけだろう?」
「出来な・・・っ」
立ち姿を保つ為には脱力など無理だった。
「でも、今日はこのままでするよ? 少しは努力してみたらどうだ」
熱い粘膜を抉る。迸りかけた悲鳴は接吻する事で封じた。
「んんん・・・」
襟を微かに寛げただけで上半身はきちんと衣に包まれているのに、下肢だけが淫らに乱れきっている。その対比は
あまりにも妖艶だった。
初夏の緑が起こす葉ずれに、泰明の秘所の音が混じる。
溜まらない淫靡さ・・・。83
「あ、あああ・・・」
泰明の頬に涙が溢れた。縋る手が友雅の背に回され、きゅっと力が入った。
「・・・泰明」
無意識の仕草だろうが、友雅にはそれが愛しかった。
嬲る指を外し、交わる為に着物を寛げる。気配を察した泰明がますますきつくしがみつくのを宥め、友雅は一息に
貫いた。
「い・・っ」
衝撃のきつさに泰明が瞳を見開いた。
「痛・・・い・・・た・・・」
二人の身長差故に、泰明のつま先は半ば宙に浮いている。受け入れた部分に体重の殆どがかかる体位が苦しい。
「抜いて・・・嫌だ・・・あ・・・」
「黙りなさい」
「駄目・・・だ・・・」
痛みに撓る背を支えていた腕を友雅は前に回し、泰明自身を包んだ。掌だけで収まるほど竦んだそれを慰めてやる。
ちりちりとした異質な感覚に泰明が頭を振った。髪が壁に打ち当たり乾いた音がする。
ほどなく愛撫を知る泰明は反応し始めた。
「あ・・・」
「達かせるともっと辛くなるから、まだ許さない」
汗ばんだ額に友雅が口付ける。
「今日だけは・・・君が苦しんでもこの姿で抱いてみたかった」
囁きを流し込み、さらにきつく泰明を責め上げる為に友雅は華奢な体を密着させた。


散らばった紙を拾うと、間から押し花にした山吹があった。
「ああ。今年は何時もより咲くのが遅かったらしい」
泰明の好む花をうつ伏せに横たわる頭の側に置いてやる。
その手を眠っていたはずの泰明が掴んだ。
「おまえにだ」
「私に?」
「昨日松尾に出かけて摘んだのだ。あのような事をされるとは思わなかったから・・・渡せなかったのだ」
「君の瞳の色だね」
花弁を光に翳すと泰明の右目に添えた。
「気に入らぬか?」
「いや、ありがとう」
「おまえが生まれた日だからな。私の一番好きな物をやる・・・」
ぴたりと泰明の唇に指を当て、友雅が言葉を封じた。
「花ごときが一番とは」
「馬鹿な事を。おまえと比べられなどしない」
自身が口にした事に羞恥を覚えて、泰明は上掛けの着物を引き頭まで被ってしまった。

一日遅れのバースディ。