泰明の呪によって、闇が時折鈍い光に照らされた。瞬いては消える仄かな明るさは、力
が足りぬ故か・・・?
それでも、友雅はアクラムの動きを捉えた。ともすれば苦痛と出血に霞みかける瞳を凝ら
し、闇を移動する陰を追う。
友雅が身じろいだ事を感じた泰明の腕が強張った。
かちりと音を感じる。床を這った指が弓の弦に触れた。ゆっくりとそれを手繰り寄せ、掌に
握り込む。
『何をしている・・・』
言葉は唇から発せられず、友雅の脳に直接届いた。泰明は変わらず呪を紡いでいる。こ
れが止まれば・・・酷く痛めつけられた体、再び抗う事など出来ないだろう。
今でさえ、精神力で保たせているはずなのだ。
『私が抑えている間に、友雅』
「動ける怪我かどうか・・・わかっているだろう?」
色の違う泰明の瞳が見開かれた。
友雅が手を伸ばし、泰明の細い首筋を辿った。
「私を支えてくれないか」
流された泰明の血に友雅が指を絡める。一つ一つは決して深くはないが、細い糸のよう
な紐によって食い込み破れた傷は乾く事なく赤い雫を垂らしていた。
「・・・否」
この出血だ。傷が浅いはずがない。なのに、触れた首は血を流しつつも傷自体は治まり
始めている。
「君は・・・泰明」
思わず問いかけた口を友雅は噤んだ。すっと項を指が辿り、泰明の注意を促す。
弓に矢がない事を瞳の端に見た泰明は、友雅の意図を察した。
呪を唱える口調が少しずつおさまっていく。負った衝撃に震える腕を宥め友雅の上身を
そっと泰明は寄りかからせた。
「・・・うっ」
受け止めた体に痛みが走った。
それが・・・呪を途切れさせる結果となった。
跳ね返していたアクラムの力が襲いかかろうとした瞬間、高らかに鳴玄が響いた。
暗闇が凍った。
魔を退ける力が弓には込められている。それを鳴らす事は古来より穢れを払う重用な手段
として用いられてきた。
友雅の弓は泰明の力を増幅させるに等しい。
「今、一度」
闇が消えるまで。
アクラムの創った仮初めのここが塵となるまで・・・。
「私の誘いはつまらぬか?」
「話にもならぬ」
「果たしてそうであろうか? 自身の為と考えてみるが良い。異端者よ」
「止めろ・・・」
人ではない正体をアクラムが暴露するのを恐れて泰明は頭を振った。友雅には知られたくない。
そう感じた事が、不思議だった。
「さて、何か疚しい事でもあるのか? 泰明」
忍び笑いが聞こえた。
「私は、困るが。それに軽々しく名を呼ばないでいてもらおう」
「・・・友雅」
「泰明が何者であれ、私の側にいなければ困る。おもしろき事も無き世をおもしろくする
為にも」
びいん、と友雅が玄を弾いた。
苦鳴を漏らすような事をアクラムはしなかったが、闇が揺らぎ、彼が動揺する気配が伝わ
った。
「次は本物を射る」
友雅は血に塗れた矢をつがえた。
「小賢しい。たかが人間が、この私を倒せると思うのか」
「私は一人ではないのでね」
ふっと泰明を振り返り、友雅が微笑した。
「連れて帰る。必ず」
「おまえは愚かだな」
「言ってくれるね・・・。あっさり捕まった君が」
「それは・・・」
泰明は俯いたまま口を閉ざした。追求する気が友雅にはないのか、さらに問う事はせず、
肘を下から持つように命じた。
「この一本で終わらせる」
「わかった」
矢を引き絞る友雅の腕に筋が浮かんだ。常なら軽く引けるはずの弓が、これほどまでに
重い。
光の消えうせた闇に・・・。
二人がかりで番えた矢が飛んだ。
ばらばらと黒が剥がれるように落ちていく。塗り込められていた空間はがらんとした古い廃屋
になった。
「いない・・・?」
アクラムの気配は既に絶えている。床に一滴残った赤い染みが、彼の存在を証明するのみ。
「君を殺すのではなく、いたぶりたかっただけという事か」
疲労に満ちた溜め息が友雅から漏れた。
「・・・私は・・・」
友雅の指が泰明の唇を塞いだ。
「何も言うな。私も、聞いてはやれぬ」
微かに笑うように友雅は表情を緩め、意識を失った。


泰明の呼び出した式が宙を舞う。
血塗られた夜を締めくくりでもするのか、月明かりに銀の羽を広げて。

書いた事がない物だけに何だかわからない終わり方ですいませんっ。ううう。
友雅も弱すぎです。泰明を比べて生身感を出そうとしたらこのような事に・・・。
若葉マーク様、また懲りずにリク頂けましたら嬉しいです。