山吹
桜が散り終えると、京は様々な色に満たされる。初夏に向かって。
柔らかに吹き流れる風が、泰明の髪をさらりと撫ぜて通りすぎていった。
こっそりと一人で出かけた洛西。理由もわからず好きになった花が咲き乱れる場所。
そこは昨年、従者として晴明についた時に知った。

湧く神泉で、手と口元を清め奥へと入って行く。
神に赦しを請うてこの花を持って帰ったら、師は喜ぶだろうか。
一条にある屋敷はあまりにも殺風景すぎる。目覚めたばかりはそれがあたりまえだと
感じていた。泰明が形を与えられたのは冬に向かっていく季節。ちらつく雪と凍える
寒さに閉ざされた時は、それでも良かった。

しかし・・・。この生命芽吹く季節には物悲しすぎる。
「あった・・・」
去年と変わらず、山吹は咲いていた。
黄と橙の入り乱れる花。香りはきつすぎず、ふわりと泰明を包んだ。花とは散る為
だけに咲くと思っていた。その束の間を、自分の見えない未来と重ね合わせ、小さな
花弁にそっと抱かれる。
しばらく泰明は動かず、山吹の群れの中にいた。
その閉じられていた瞳が静かに開かれた。左右の色が違う、不可思議な光りを湛える
双眸が、何所か不快感さえ浮かべて顰められる。
「誰だ・・・」
人の気配があった。山吹の向こう、街道の方角へ目を凝らす。この場所には誰もいない。
当然、訪れる者は街道より、鳥居をくぐってこちらに来るのだから。
何者かがいるのはわかるのに、その影は一向に姿を現さなかった。苛立ちを覚えた
泰明が立ち上がった時・・・ふいに背後から肩に手が置かれた。
「・・・っ!!」
ひどく驚いた泰明の耳に秘めやかな笑みが聞こえた。
「まだ一人で出歩く事を私は許していないが?」
「師匠・・・」
晴明が怒っているのではないか、と泰明は考えた。竦んだ体は振り向く事すら出来ない。
その後姿、結い上げられて覗く項が扇で軽く打たれた。
「おまえに何事もなくて良かった」
長い袂の腕が伸ばされ泰明を引き寄せる。
「この花が好きか?」
「はい。師匠にもお見せしたくて・・・。屋敷に持ち帰ろうとしていました」
「ではそうしなさい。待っていよう」
晴明に抱かれた泰明が腕の中で体を回した。向き合うと頭一つ高い師を見上げる。
「お赦し下さいますか?」
「面白い事を言う。私が何を赦すというのだ。勝手に抜け出した責めを負うという
のなら、屋敷に戻ってから与えてやろう」
額に落ちかかる髪を掻き上げ、秀でたそこに晴明が接吻した。
「おまえが好むのなら、私もそうなるかもしれぬな」
山吹の花が誰の手も受けぬのに、咲いている。この都が出来る以前、遥かな昔から。
そして、この先もずっと。
温かな春の風吹く洛西、松尾での事。

ペーパー再録その2。これは4/28のインテックス大阪で出した物です。かなり作ったはず
なのに、続く東京と神戸で終わってしまい、原稿も行方不明になってしまいましたので、
載せました。
次回は夏コミ合わせ。次は誰になるかはまだ不明。