泰明の手からグラスが滑り落ちた。しぼった果実が床に広がり、甘い香りを放つ。
「・・・すまない、神子」
拭布に伸ばした指先に力が入らなかった。くらりと急激に重くなった頭と、全身を覆う倦怠感。
「いいですよ」
にっこり笑って茜が手早く汚れた床を清めた。
「仕方のない事ですもの」
茜の言葉に引っ掛かる物があった。
物忌の日に側にいるように言われ、部屋の隅に控えていた泰明に、茜が飲み物を勧めたのは
夕刻を迎えた頃。口をきいた事もあまりなかった茜故に、そっけなく礼を言って泰明は受け取った。
思えば、泰明がそれを含むのを、彼女はじっと見つめていたのだ。
「何を、したのだ・・・?」
「夕日があの梢に掛かる時刻に、泰明さんにこれを飲ませるようにと」
折癖のついた白い懐紙を茜は出した。中身はなく、包まれていた粉の名残が僅かにあるばかり
だった。
「どんな効果があるのかは知らなかったけど・・・」
茜は身を乗り出し、泰明ににじり寄った。少女の細い腕が回され、きゅっと抱きついてくる。
「私、泰明さんと仲良くなりたいのに、避けられたりするから」
香のほのかな匂いがした。泰明も知っている、黒方の・・・。
「避けてなどいない」
戸惑っていた、などとはとても言えなかった。異世界から突然現れた少女。師以外に人と接触
する事がほとんどなかった泰明は、この非力で弱々しい彼女にどう接して良いかわからなかった
だけなのだ。
「だから、永泉さんに相談したの」
茜が部屋の奥の扉を開いた。
「いらっしゃいv」
「日暮れまでに来ることが出来て良かったです。藤姫には、神子はこのままお休みになられると
伝えておきました。朝まで彼女はここに来ないでしょう」
「ありがとうございます。永泉さん」
永泉が泰明の横に膝をついた。
「もう、動けないようですね。ふふ、神子の為にも夜を楽しく過ごしましょう」
「抱いてみたかったんです、私」
信じられないと泰明が瞳を見開いた。
「さあ、脱がせて差し上げますねv」
「やめろ、!」
柔らかい唇がふいに泰明の口を塞いだ。
「・・・ん・・・」
「痛くなんて、多分、しませんから。安心していていいですよ」
泰明の襟に手を掛けた茜がふと首を傾げた。
「着物の脱がせ方ってわからない」
「上から順に外していくだけです」
ゆったり座している永泉が言った。
「そうですね」
人形遊びを楽しむように、小さな手が服を寛げた。抵抗も出来ずに剥がされてしまった泰明が床に
倒される。板間の冷たさに、白い皮膚が粟立った。
「神子・・・自分のしている事がわかっているのか・・・?」
「ええ、泰明さんと良く知り合えるようにしているのです」
茜が顔を上げた。
「永泉さん、私が言ったあれはあったでしょうか?」
「はい、神子」
布の包みを受け取った茜は、泰明の眼前でそれを解いた。彼女の腕ほどもある張型が転がり出る。
「・・・!」
「満足していただけるでしょうか」
蒼ざめる泰明の頬にそれを擦りつける。薄い色の髪を撫ぜながら、泰明が怯える様を窺っている。
悔しげに泰明が茜を見上げた。
「気に入らない? 折角持って来て頂いたのに。うーん、どうしよう」
つつっと唇を指で辿って、茜が考え込んだ。
「やっぱり生身が好みですか? 永泉さんにしてもらいます?」
「馬鹿な」
泰明は茜と、背後に座す永泉に目をやった。
「神子」
くすりと永泉が苦笑した。
「私の意思はお尋ねにならないのですか?」
茜は両手を上げた。
「永泉さんが駄目なら、他の人もいないし、やっぱりこれで我慢して下さいね」
膝を掴んで立てさせ、晒された場所に宛がいながら茜は囁いた。さりげなく永泉が泰明がずり上が
らないよう、肩を押さえる。
「私達、仲良くなりましょう、これから」
「止め・・・」
泰明が震えた。そこを広げられる痛みを知っているだけに、隠しようのない恐怖が湧き起こる。
「神子、止めてくれ・・・」
「初めてじゃないでしょう?」
「ええ、彼は・・・」
答えかけた永泉が、法衣の袖で泰明の頭部をそっと覆った。
「私がこうしておいて差し上げます。少しでも慰めになれば」
瞬間−−−−。
「−−−!!!」
声にならない叫びと共に、泰明の背が撓った。
「あああ、ああっ!!」
飲まされた薬のせいで、ほとんど動いていなかったが、それでも逃れようと必死な体に力が入る。
「きつい・・・、もっと緩い物だと思ってたのに」
茜がさらに押し込むと、避けた傷口から血が迸った。血は彼女の手首まで濡らし、飛沫は着物まで
散った。
突く度に、泰明がひくひく痙攣した。色を失った唇からは、堪え切れない悲鳴が溢れていた。
「−−−え?」
茜が動きを止めた」
「もう気絶しちゃった・・・」
「男を知られてからあまり間もありませんから。少しきつかったかもしれませんね」
張型をずるりと引き抜き、付着した血に茜は舌を這わせた。
「何時もすましている泰明さんの涙が見れたから、今日は許してあげようかな?」
「今日は、ですか?」
「今日は、よ」
和やかに二人は笑い、泰明の手当てと清めを始めた。

すごい事になってしまいました・・・。