「こんにちはっ!」
詩紋は元気良く挨拶をした。走って来たのか、吐息を弾ませ、額にはうっすら汗の雫まで浮かべて
いる。
「まだ約束の刻限には早いですよ」
書物に目を落していた永泉が顔を上げ、にっこり笑った。長い袂で隠された腕が優しく部屋の中へと
促す。厨子や鏡、火取などが並べられた部屋は整然としており、永泉らしいと詩紋は思った。
「出家の身に物が多すぎるかもしれませんね」
「いえっ、そんな事・・・」
室内を見渡す事が礼を失した事だと感じた詩紋が慌ててぴょこんと頭を下げた。
「お招きありがとうございます。都はあちこち散策したけれど、お寺の中に入るのは初めてです。
修学旅行で拝観したのとは全然違います」
「詩紋殿は旅を好まれるのですか?」
「それほどでは。修学旅行っていうのは、学校・・・学問所全員で見聞を広げる為に出かける事です」
「良い事ですね」
書を閉じ、文台を脇へ寄せた永泉が振り返った。今まで彼は詩紋に背を向けて喋っていたのだが、
彼が皇室の者と知っているので、それも当然だと感じる。
「永泉さん、その大きな包みは何ですか?」
部屋の中で不似合いな布の包みを詩紋は指差した。妙に不恰好でいびつに転がしてあるだけなのだ。
「ああ・・・。詩紋殿をお呼びした理由です。開けてみて頂けませんか?」
「いいのですか? 大事な物では・・・」
「構いません」
白い絹に包まれた塊に詩紋は手を掛けた。その柔らかい感覚に、少し戸惑ったが、好奇心の方が勝り、
思い切って解いていく。
「え・・・?」
詩紋がふいに首を傾げた。
「着物・・・これ・・・泰明さん?」
ぐったりと意識のない泰明が中にはいて、詩紋の動きが止まった。
「ええ。泰明殿もお招きしたのです」
「でも・・・ただ眠っているわけではないですよね?」
呼吸の仕方が寝息とは違う。泰明は意識を失わされているのだ。
きつい光を放つ二つの瞳は閉じられ、濃い睫毛が影を落している。薄く開いた唇。常からは想像も出来ない
ほど無防備な彼に、治まったはずの鼓動がまた跳ね上がった。
「どういう・・・」
ひどく狼狽してしまった詩紋の肩に、そっと近付いた永泉の手が添えられた。
「永泉・・・さん・・・?」
その手がゆっくり髪を分けて項に触れてきた。
「詩紋殿はおわかりになられると。まだ自覚がないかもしれませんが、詩紋殿は私と同じような物を愛で、
楽しむような方ではありませんか?」
首筋に口付けながら腕を捕らえ、泰明へと触れさせる。
「子供のように体温が高いでしょう? 泰明殿はいろいろと面白い反応をなさるのです。・・・服を脱がせて
差し上げて頂けませんか? 火を熾しているので熱いみたいです」
それは、布に包まれていたせいだと思ったが、反論はせず詩紋は襟元に指を伸ばした。
指示されるまま、衣服全てを奪った詩紋は、泰明の肌のあまりの白さに目を見開いた。西欧の血が入って
いる詩紋とは異質な白さ。象牙を磨き上げたような色。
「きれいですね。とても人とは思えぬくらいに」
「どういう意味ですか?」
「言葉通りですが?」
永泉の優しい笑みは変わらない。しかし、どこかぞっとする冷たさを帯びている事に詩紋は気付いた。
背後でかちゃりと硝子に似た音がした。
「永泉さん?」
「どうぞ、これを」
渡された物は、太い筒だった。ずっしりと重く、ちゃぷりとした感じから、液体が満たされているのがわかる。
「・・・泰明さんに?」
「はい。おわかり頂けて嬉しいです」
「だって、こういう目的にしか思えないよ」
後ろから永泉がふわりと抱き付いて、頬に口付けた。柔らかな唇が触れた場所がじんわり心地良い。
「私が思った通りの方ですね。さあ、楽しみましょう」
ぐったりした泰明を転がし、先ほどの文台をうつ伏せた腹の下に敷く。腰だけを掲げさす淫らな体勢も、意識
のない状態では簡単にさせる事が出来た。
「普段ならすごく抵抗されるのでは?」
「封じるのが大変です。私の力では敵いませんから。それでもこのように泰明殿と過ごせる時が、私には
一番満たされるのです」
「僕もそんな人が見つかるといいな」
泰明を共有など出来ないと、わかっている。詩紋もまた、そんな気などない。永泉は一時を楽しむ中に入れて
くれただけだと、とっくに気付いているのだから。
「そうですね、何時か。こればかりはお手伝い出来る事ではありませんし」
「僕も自分で探します」
言いながら、詩紋は細い筒の突起の部分を泰明の秘所に突き刺した。傾けると、中の液体が体内に注がれて
行く。水圧を利用しているのだろうが、作りまではわからない。
「う・・・」
半ばを注いだ頃、泰明が体の異様さにうめいた。
「意識が戻られてきたようです」
永泉が泰明の頭を座した膝の上に置いた。細い指が髪を梳き、人形のように慈しむ。
「お目覚めですか? 泰明殿」
「永、泉・・・?」
ぼんやり開いた瞳がすぐに苦しそうにきゅっと閉じられた。
「何だ・・・。腹が、痛い・・・。ああ・・・」
掠れた泰明の声に、詩紋はぞくりとした。彼の艶っぽさを初めて目にしたからだ。苦しむ姿が扇情的で、高ぶり
乱れた時はもっと凄まじいだろうと容易に想像出来る。
今さらながら、泰明に拘る永泉の気持ちが実感出来た。80
「お薬を入れていますから。泰明殿を清める為ですよ。汚れを落すのは良い事でしょう?」
「嫌だ。い、痛い・・・、止め・・・!!」
詩紋が筒を軽く叩き、液体が空になったのを確認した。その振動が腹腔に響き、苦鳴が起こる。
一息に引き抜いたそれを、静かに詩紋は床に置いた。
「今日はお話出来て楽しかったです。このお寺、見学して来てもいいですか?」
「なっ・・・」
今さらのように、泰明は詩紋の存在に気付いた。それだけ、身の内に渦巻く物に苦しめられていたせいだが、
神子の側近くにいる者にあられもない姿を見られた事に肌が泡立ち、震え出す。
「どうぞ。私の客といえば、何処でも入れます」
彼の気遣いが、永泉には好ましく思えた。
「・・・泰明殿、じっとされていないと余計にお辛いですよ?」
泰明に顔を向けた永泉はもう詩紋を見つめる事はなかった。
「では、失礼します」
ぺこりと頭を下げて、詩紋は出て行った。
「良い子ですね、泰明殿」
「駄目、だ・・・もう・・・」
全身に浮かぶ冷たい汗を永泉は優しく拭ってやった。
「全て清める為に、まだ我慢して下さい」
温かな手が泰明を抱きしめた。

久しぶりの黒い永泉です。何時も黒いですが、書くのが久しぶりという事で。
大人しく、やる気のなさそうな永泉と詩紋ってどこか似ているような気がするのです。
詩紋は小永泉という感じでしょうか。まだ彼には至らないのです。知識と経験と、永泉ほど
好きになれる対象がいないという事が遅れの理由でしょう。