形成が未だ完全でない為か、泰明はまどろんでいる時間が長い。夜毎晴明に抱かれていれば
尚、疲れからうとうとしてしまう。
晴明を迎える以外にする事もなく、眠り、起きていれば縁に座して外を眺めていた。それが、泰明
の生活だった。
だから、ふいに目が覚めた事が不思議に思えた。
一人でいる部屋は落日の陽に染められていた。庭にある木も草も赤くて、まだはっきりしない意識
のまま泰明は呆然となった。
花々の中で眠っていたのを起こされてより10日。何もかもが新しく知る事ばかりで珍しい。
言葉や、基本的な感情などは晴明と交わる事で直接植え付けられたが、人としてはまだまだ知識が
少ないのだ。
しどけなく横たわった姿で手を伸ばし、唯一与えられている単衣を引き寄せた。
晴明の前で身につける事はほとんど許されはしないものの、裸でいる羞恥はわかっていた。
柄一つない白い着物は、陽に当たった事のない泰明に映えた。
晴明が去って行くのを見つめていただけの扉に手を掛け、そっと開いてみる。板張りの廊下が真直ぐ
に伸び、そこもまた、赤い。
踏み出した足に、ひんやり冷たい感触があった。床の冷たさに一度は竦んだものの、意を決して
泰明は歩き始めた。
外に出る事は許されているだろうか、という思いがちらりと脳裏を掠めた。
しかし・・・
あの向こうに、泰明の精神の琴糸に触れる何かがあるのだ。
ふっと頭を揺らすと、長い風が秋風に舞った。晴明とは違う、緑がかった薄い色。
彼と同じではない事が、当たり前なのか否か、泰明にはわからない。


歩いている間に、泰明が住む一角とは正反対の場所に出た。ここからは山に落ちてくる陽が見える
からだ。
背後を振り返れば、通路が四面に伸びている。四方に棟が配された造りに屋敷はなっているのだろう。
方位を悪しきに向けぬよう、天と星とを結び、東西南北に。
ぴったりと締められた扉の先に、気配はあった。
切なくなるほどの気に流れに、思わず泰明は膝をついてしまった。
「あ・・・」
何が存在するのだろう。
胸が苦しい。
俯いた頬に涙が伝い落ちた。
開けてはいけない、開けられない。なのに・・・去る事も出来ない・・・。
座り込んでしまった泰明を嘲笑うかのように、扉は内側から開かれた。
「勝手にここまで来たのか? 悪い子だ」
晴明の苦笑が聞こえた。
「西の棟は私の住まい。断りもなく立ち入るとは、礼儀を弁えぬ事だ」
手を取られ、見上げてみれば何度か目にした式だった。部屋の奥へと誘い、ふいに姿を消す。
「私の生活に興味があるか?」
色の違う泰明の双眸が見開かれた。
晴明が誰かを組み敷いている。泰明と同じ髪、同じ瞳、同じ気を纏った者を・・・。
がくりと泰明の膝が崩れた。
「誰だ・・・」
声が震えている。
「おまえは・・・」
問いが聞こえたのか、晴明の下にいる男が顔を泰明に向けた。
それが新たな驚愕を生む。
「私が創ったもう一人の者だ。おまえ一人では私の陰の気を受け入れきれなかった故・・・な」
くくっと晴明が笑う。
「おまえではない!」
泰明は叫んだ。いざり近付いた姿で、彼の胸を打つ。
「・・・おまえなどでは・・・」
涙をぼろぼろと流す泰明の顎に手を掛け、晴明が顔を上げさせた。
「私に抱かれたいか? 泰継のように」
答えるのを待たずに、唇を奪う。しっとりと甘い吐息が晴明に流れ込んだ。
「んんん・・・」
抵抗は空しい。あえなく遮られ、肩を抱かれる。
長い接吻が終わり、喘ぐ泰明の横で、晴明が呪を口にした。泰継が不思議そうな表情を浮かべ・・・
霧散した。
「彼にまだ実体を与えてはおらぬ。おまえと共に時を過ごす事もない。あれが生きるのは、先の話だ」
晴明にしがみついていた泰明の手がぱたりと落ちた。
「妬いたか?」
「私にはわからない・・・」
「覚えた感情に付ける言葉を知らぬか」
「・・・・・・」
「どうした?」
「何と呼べば良いかもだ」
「名は教えたはずだが? そう呼べぬのなら、師と。おまえは私を継ぐ者だ」
体を起こした晴明が床に胡座した。下ろしたままの髪を掻き上げ、脇卓に肘をつく。
「来い、泰明」
拒む事を許さぬ強い口調で命じられた。泰明がぴくりと震える。
「私の側へ」
差し伸べられる手。
泰明は指を付き、深く頭を下げた。
「師匠・・・」
「私とあるのはおまえだけだ。覚えておきなさい」
「・・・はい」


先程泰継に感じたのが嫉妬ならば、では、今心にある思いは何なのか・・・。
夕日に照らされた顔がもどかしさを浮かべた。

泰継を書きたかったというか、何というか・・・。
校正をかけてないので、誤字とかは、帰国してから・・・。