泰明は添えられた友雅の手を振り払った。
無理に持たされていた箸が、床に転がり落ちて乾いた音を
立てた。
「おまえはしつこい。食べぬと言っているでは
ないか」

「冬の都では滅多にお目にかかれない物なのに」
膝の上で後ろ抱きにした泰明を軽く抱きしめ、
友雅がわざとらしく溜息を吐いた。
下京や辻々のありさまを知っているだろう? 
贅沢だとは思わないかい?」

「では、そんな者達にやると良いのだ。私が
食べない事のどこに問題がある」
足をとん、と踏み鳴らして泰明は立ち上がろうと
した。
「駄目だよ」
身じろいだ体はあっさりと封じられた。
「離っ・・・!」
先ほどよりももっと強く抱きしめられて、泰明は
あがいた。それでも、圧倒的な力の差で、逃げる
事は叶わなかった。

「近江の淡海で取れた魚だ。口を開けて」
泰明を抱いたまま、箸で器用に汁物の椀から解した魚を取り上げる。薄い出汁で煮た魚はほんのりと
白い身が染まり、香ばしい匂いをさせていた。

「要らぬのだ」
ついと顔を背けて泰明は拒絶した。
「熱や病を得ているわけではないのに、おかしいね」
湯気を立てている椀に口付け、友雅が味を確かめる。
「別にあやしい何かが入っているわけではないが?」
「そんな意味ではない」
「では、どうして?」
薄い胸板を擽り、指先が胃のあたりで止まった。
「夕餉にしては遅い時間だけど、すいていないのかな?」
いたずらに擽れば、じれったそうに泰明の背が震えた。
「果実を食べたのだ」
こぼさないよう、椀を卓に戻した友雅が首を傾げた。
「どこか外で?」
「北山の斜面に桑の実がなっていたのだ」
「今日は、私と夕餉を、と誘ったのを忘れて?」
腕の中で泰明が顔を上げた。
「忘れていたわけではない」
「唇が何時もより色づいていると思ったのだが、そういう理由だったとは」
美味しいからと、胸がいっぱいになるまで食べてしまうなど、まるで幼い子供のようだと、友雅が笑った。
「わかったなら、離せ」
つんと拗ねて泰明が突っぱねた。
「断る」
不意打ちに緩んだ襟から手を差し入れ、友雅は小さな乳首をきゅっと摘んだ。
「や・・・、何をする・・・っ」
鋭い痛みが走って泰明は小さく悲鳴した。
爪が立てられる事はなかったものの、捻るように弄られる事で起こる痛みだけでも辛かった。
「君が残さず食べてしまうまで、このままだ」
「嫌だ・・・!」
友雅の手を外させようと、腕を掴んで力を込めた。
「聞き分けのない子だ」
「ああうっ」
さらにきつく嬲られる。
「箸を取りなさい」
「や・・・だと言ってる・・・っ!」
胸にばかり気をとられていた泰明は、友雅の逆の手が、下肢へ伸びていた事に気付けなかった。
「拷問という手段も悪くない。勿論、君仕様にした物を」
「んんっ」
着物越しに伝わる泰明の腕の力など、大した妨げにならなかった。
「言葉で感じた? それともこうして私に抱かれているから?」
「ひあ・・・っ!」
脚の付け根で息づいている物を辿られて泰明が悲鳴した。触れるか触れないほどの刺激にも、敏感な体は
反応してしまう。

「どっちかな?」
軽く手のひらで包んで熱を確かめ、意地悪に問いかける。
「やあ、あ・・・止め、て・・・」
「言う事をきかない君だから、私も君の願いはきいてあげられない。夕餉を、きちんと食べてしまうまでは」
目線で促されて、泰明は箸へ手を伸ばした。
しかし、震えて力の入らない指先は、持つ事も出来ずに取り落としてしまった。
「あ・・・」
床に転がった箸を切なそうに泰明が目で追う。
「今のは・・・わざとでは・・ないっ!!
最後まで言い訳を告げられず、包まれていたモノを握り締められて、叫びを上げる。

ひどい痛みだった。
「拾いなさい。箸の持ち方もわからないのかな? 私に手取り教えてもらいたくて、わざとそうしている
のかもしれないけれど」
震える手を上から包む。
友雅の温もりがじわりと伝わって、泰明はついうっとりしてしまった。
体を屈めて箸を拾うのは大変だった。下肢は捕らわれたままなのだ。動いただけでつきりと痛みが走る。
「ん・・・」
少し、温くなった椀から汁物をすすり、浮かんだ香菜を食べる。喉を温かい物が通ると、体が冷えて
いたのがわかった。
「冷えて美味しくなくなる前に、終わらせなさい。そうしたら、褥に連れて行ってあげよう」
「・・・わかった」
頷いた首筋が僅かに赤く染まっていた。


幾重にも垂らされた絹の帳の中で、泰明は上を見上げていた。頭上もまた、柔らかな絹に覆われていて、
天井は隠れてしまっているのだが。
「・・・!」
いきなり、ぽふっと布が被せられて泰明はもがいた。
「何をする!」
顔だけを何とか出して友雅を睨む。くしゃくしゃに乱れた髪が、被り物に絡まって波のように広がって
しまっていた。
「肩を出していては冷える」
そんな泰明の色の薄い髪を指に絡め、友雅が弄んだ。
「ん? 喉に何かついているね」
軽く首を仰け反らせ、白い喉元を晒させる。
「桑の果汁かな。そんなに甘かったのかい?」
「おまえも来るといい」
喉を辿る指に擽ったそうに竦みながら、泰明は答えた。
「もう、冬苺もあったぞ」
「それはそれは」
くすりと友雅は笑った。
「冬の日の野遊びというところか。案内してくれるのだろう? 私は北山など良く知らないのだから」
「病を得ぬよう、毛織の上着でも纏って来い。そうすれば連れて行ってやる」
泰明の言い様がおかしくて、友雅が細い体に腕を回して抱きしめた。
「寒さに気をつけなければならないのは、君の方だろう?」
冷たい肌に口付け、囁く。
「ここに火を持ち込むわけにはいかないのだからね。凍えないよう、包まっているといい」
「ではおまえが寒くないようにしてくれたらいいのだ」
泰明が腕を伸ばして友雅の首に回した。
「熱くなりすぎない程度に?」
「・・・熱くなっても構わぬ。私が風邪など引かぬようにしろ」
「仰せのままに」
髪を掻き上げて額に唇を寄せ、甘い接吻を与えながら友雅が了承した。

これは、某サークルにゲスト原稿として渡した物ですが、半年を過ぎて一向に本が発行される様子もなく、
また、音信不通にもなりましたので、原稿を回収、こちらで発表させて頂きました。
半年前の原稿なので、少し、手直ししました。
銀牙様に表紙まで描いて頂いたのですが、こういう結果になって残念です。これからはゲスト原稿も、
選ばせて頂こうと思った次第です。