「あ、あ、あ・・・」
夜具を握り締める手が白く色を変えていた。それほどに力を込め、気を紛らわそうとしても、
与えられる苦痛の方が勝った。
四方を帳に囲まれた褥の中、這い蹲らされ、泰明は背後から晴明を受け入れていた。
「苦し・・・っ」
ぐぐっと突かれて噛み殺しきれなかった叫びが呻きとなって漏れた。
幾たび交わっても決して慣れる事のない、痛み。下肢から体が裂かれていく錯覚を感じてしま
うほどの激痛。
伸ばされた手に顎を捕らえられ、顔を仰け反らされた。夜具に押し付けていたせいで圧迫
されていた空気が、勢いよく肺に流れ込む。
「くっ、あ・・・っ、ごふっ!!」
むせ返ると体が竦んだ。
その為、余計に晴明を締め付けてしまい、痛みが増した。
泰明の顔を上げさせたのは、苦しい呼吸を助けようとしたのか、意識を失われてはつまらないと
思ったせいか。
「そのように身を固くしてどうする?」
聞こえた苦笑に、背が痺れた。
囁きを乗せる声音、晴明の言葉は甘く、形づくられた脳にとろりと溶け込んでくる。
「おまえのしている事は、求めて苦痛を増幅させているにすぎない」
顎を離れた手が喉を伝い降り、左の乳首を摘んだ。
「ん、く・・・!」
びくんと泰明が跳ねた。
「や、嫌・・・あぁ」
既に小さく立ち上がっているそこを、捻るように引かれて新たに発生した痛みに顔を顰める。
形を変えてしまうほど、容赦なく摘まれた乳首から指が離れた時、ぷつんと鳴った。
「痛いか?」
「は、い・・・」
真っ赤に充血した柔らかな皮膚を、たった今ひどい仕打ちを与えたとは思えないくらい優しい
動きで晴明が撫ぜた。
触れられるだけで、びりびりとした刺激が走る。
しかし、それが何時激痛を伴ういたぶりに変わるかと怯えている泰明には、快感を覚えるなど
とても出来はしない。
穿たれたままの下肢は感覚が薄れ始めていた。
限界を超える痛みは、麻痺という失陥によって逃げてしまえる事を泰明は知っている。
「・・・私はおまえに安らぎを与えるつもりはない」
「師匠!」
「私に満ちる気を受け入れる器なのだから」
人の形をしてはいても、労わりなど必要ではないと言外に含まされている。
「何故おまえだけをこの地に連れたのか、己が役目を自覚せよ」
今一度、乳首を捻り上げ、苦鳴を漏れさせてから下肢で切なく震える泰明を確かめる。
痛めつけられながらも、そこは感じ、男の性を主張していた。
なのに、晴明はそれを成就させる事はなかった。
その気持ちもなかった。それこそ、器が勝手に感じる事に何の手を加えよと言うのか、とでも
思っているかのように。
「もう、止め・・・痛い・・・」
「黙れ」
痛みに喘ぐ唇に手を当て、叫びを封じると晴明は泰明を苛む行為を再開した。


身を凍らせる冷気に泰明は瞳を開いた。
包む夜具を寄せ、小さく丸まりそれから堪えようとする。衣をたぐるだけの事も、情事・・・あれを
そう呼べるのなら・・・の後では体が軋むほど辛い。
褥には既に晴明の姿はなかった。
大滝へと行ったのだろう。泰明が近寄りがたいと感じる場所へ、何の躊躇いもなく。
泰明を抱いた体を清めてでもいるのか。
そう考えると悲しくなった。
夏の終わりに創られたこの体は穢れなのだろうか、と。
桔梗の紫の花びらを見ても、とても自分を生み出した物とは思えない。儚い香りの花は穢れとは
無縁のように秋の陽を受けて咲いていた。
木漏れ日の温かさはもう、記憶にしかなかった。
吹き付ける風は遙かな過去より、凍てついていたかのように冷たい。


火を入れる前に受け入れる事を強要されたせいで、部屋の火鉢は暖かな熱を放つはずもなく
冷たい陶器の肌を晒していた。
晴明が戻る前に、灯しておかなければならない。そして、日々の雑事も・・・。
起き上がろうともがいても、すぐには力が入らなかった。
瀕死の獣のように足掻く爪先が敷かれた絹を何度も擦る。
ようやくの思いで膝を立て、引き剥がされたまま乱れた衣に袖を通した。
素足で歩く床に竦みながら、庫裏へ行くと木々の隙間から滝の飛沫が見えた。
あれがどうして気になるのか、どうして近寄れないか泰明にはわからなかった。
自身が覚える感情を理解など出来ず、本能のように怖れている。
窓から見上げた空は灰色の重く垂れていた。
それは、あまりにも悲しい色だった。
柱にとん、と凭れ泰明は溜息を吐いた。軽く閉じた瞳から知らず、一筋の涙が伝い落ちる。


那智・・・神の息吹が聞こえるとまで言われるここで、泰明は苦しんでいた。

まだ本題に入れないまま、第2話終了。
これは泰明がではなく、晴明が変化していくさまを描いていきたいと思います。