調合したばかりの香を焚き、その上に夏の薄物を被せる。夏の若葉を思わせるそれが、衣に心地
よく移るように。
部屋に満ち始めた香りを、立膝に肘をついた姿で座した永泉は堪能した。
外へ出れば、滅入るばかりの暑さだが、今はとても気分が良かった。
板張りの隣室に、北山の氷室から届けさせた氷が置いてあるせいでもある。伝わってくる冷気が、
この場を慎ましく冷やしていた。
「−−永泉様」
御簾の向こうに人影が現れた。
それが誰か、声だけでわかった永泉がにっこりと笑った。
「入りなさい、頼久。・・・ああ」
言葉の途中でふっと首を傾げた永泉が立ち上がり自分から御簾を上げた。
「荷物を持っていましたね」
大柄な頼久でも持て余すほどの大きな行李が携えられていた。
「頼まれていた物です」
「ありがとう。中まで運んでくれますか?」
「はい」
促されて室内へ入った頼久が、その涼やかさに足を止めた。
「頼久も味わいますか?」
隣へ続く木の扉を永泉は開いた。溶け始めた氷に床はひどく濡れていたが、一段低く作られている
せいで、こちらに不快な水が入り込まないようになっている。
「内部はくり貫いてあるのですよ。その破片は、口に含んでも夏を一時忘れさせてくれます」
氷へと差し伸べられた手。優しい顔に刻まれたあどけなさすら感じさせる笑み。
背がぞっとするのを知った頼久が首を振った。
「いいえ、私は・・・」
「そうですか?」
さして残念とも思っていない様子で永泉が頼久を見上げた。
「行李を開けてもらえますか?」
永泉は留め具が外されるのを横に座って待った。
中に収められていたのは、丸く幾重にも縛められた一つの体だった。
「・・・気を失っているのでしょうか」
細い肩に手をかけて上向かせると、とろんと開かれた瞳があった。唇は薄く開いて喘いでいる。どうやら
意識をなくしているわけではないようだ。
「酸欠かもしれませんね」
「空気の入る穴は開けておいたのですが・・・」
「暴れられるよりは良いですよ」
自分より大きな体なのだから、と言葉を続け永泉は背後で括られた手を解放した。
「枷で繋いで引き伸ばしましょう。私はあちらの部屋で遊びますから、連れて来なさい。それが終わったら
戻って構いません」
部屋いっぱいの氷は、永泉が言った通り中身が大きくくり貫かれていた。さらには杭が幾つも穿たれている。
そこから垂れる鎖に四肢を繋ぎ、永泉は華奢な体が纏っていた着物を懐剣で破り取った。
「・・・っ!!」
身を凍らす冷たさに突然襲われ、繋がれた全身が跳ねた。
直に触れぬよう、氷に上には板が置かれていたが、周囲から伝わる冷気は、今の季節とかけ離れすぎて
いる。
「どうですか?」
仰向けに固定された体の上から見下ろし、永泉が尋ねた。
「季節が冬になったようですね。泰明殿」
「あ・・・」
事態を理解出来ない泰明の唇が震えた。
「冷た・・・」
「これだけの大きさの氷は、とても贅沢な事なのです。でも、泰明殿に楽しんで頂けたら、と思って切り
出させました。それに・・・」
破片を一つ摘み上げ、無防備に晒されている胸に置く。
「ひ、ああっ」
乳首が擦られて泰明が悲鳴した。冷たさよりも、痛覚が勝った。鋭い針で突かれたような感覚に背が撓る。
「氷が溶けて、冷たさを忘れるほどお熱くして差し上げます」
「永泉・・・、離せ、それを・・・」
空しく身を捩るが、制限された動きでは当てられた氷を払う事など出来なかった。その上、頭は霞みがかった
に朦朧として、されている事をはっきり理解していない。
「夏に氷など初めてですか?」
戦慄く唇に密着するほど顔を近づけ、永泉が囁く。何か反応が示される前に、吐息ごと、そこは封じられた。
永泉の接吻は熱かった。
「ん・・・」
「楽しく・・・遊びましょう。夜になるまで、これはもたないかもしれませんが・・・」
指を離すと、小さな氷は泰明の肌を滑って落ちた。
「解け、何故このような、事を・・・!」
「行李の中は特にお暑かったでしょう?」
泰明の問いには答えず、永泉が身を伏せてぴったりと寄り添った。
「最近は蒸し暑いばかりで、陽も、夜の星も見えない」
乱れた髪を束ねる紐を解き、ふぁさりと広げる。嫌がって頭を振るのは、後頭部に手を添えて遮った。
がしゃりと硬質な音がした。手首の枷から伸びる鎖を泰明が掴んで引いたのだ。氷面に穿たれた杭を抜いて
しまおうというのだろう。
「出来るとお思いですか?」
泰明に腕を回して抱きしめる。
「杭は氷を貫通するほど長いのですよ?」
無駄な事はお止めなさいと、囁き、先ほど氷を当てて冷たく敏感になった乳首を指で摘み上げる。
「はあ、っ、!・・・う・・・」
「もう硬くなっていますね」
こりこりしたそこを指の腹で弄び、楽しそうに永泉が告げる。
「閉じ込められていて苦しかったのですから・・・。もっと大きく息をされて下さい」
唇を辿ると熱く湿った喘ぎが感じられた。 

永泉、誕生日関連。1週間ほど遅れましたが、永泉の誕生日の書き下ろしは未だ留めた事がないので(汗)
これも愛ですね。屈折していますけれど。
では後編へ。