「見事に咲いていますね、師匠」

月明りの中、庭の木々は桃色に色づいていた。

花々の香りに誘われた楊戩は、屋敷に籠りがちな玉鼎を誘いだした。

もう眠る時間だ、と諭されるのを振り切り、愛しい人の手を引いて。

「楊戩、風邪をひいてしまう」

玉鼎が纏っていた領巾をふわりと楊戩にかけた。

「平気です。寒い冬はもう終わったのだから」

言ったそばから小さなくしゃみ。

昼間の熱がまだ残るとはいえ、今は夜。

吹いてくる風はひやりとした冷たさを含んでいる。

温かな昼間より、こうして夜に出歩くのを好むのは、潜在的な本性故か。

人間でいなさい、と常から言い含めていても、楊戩の根底までは変えられない。

「楊戩」

呼びかけるとまだあどけなさを残す顔がくるりと振り返り、玉鼎を見上げた。

その仕草は、人そのものだった。

「どうされましたか・・・

「いや、何でもない」

ふいに一陣の風。

長く伸ばした二人の髪が、ざあっと靡いた。

「あ・・・

軽くかけられていただけの領巾が、流された。

慌てて伸ばした楊戩の手をすり抜け、それは風に乗り飛ばされた。

追いかけようとした楊戩を、玉鼎が留めた。

「構わぬ。ほおっておけ」

「でも・・・」

制止するのを聞かず、楊戩は領巾を追った。

悪戯な風は、最後まで意地悪をするかのように、玉鼎の領巾を庭に流れる潺の中に落とした。

一瞬、水の冷たさを思って惑った楊戩だったが、ぽいとズボンと靴を脱ぎ棄てて川の中に入った。

膝まで浸かる場所で、ようやく領巾を捕まえる。

緩やかな流れでしかないが、どこかへ行ってしまわなくて良かったと、楊戩が安堵した。

「師匠、ありました---」

領巾はすっかり濡れてしまっていた。

明日、干しておけば乾くだろうが。

水を掻き分けて楊戩は岸辺に戻った。

岸辺に腰を下ろした玉鼎に手を振って、彼の元に行こうとしたのだが・・・。

「・・・あれ

先ほど脱いだ衣服が消えていた。

「僕、ここから水に入ったけれど・・・」

周囲を探ってみたが見つからない。

靴の重しがあるのだ。風で飛ばされるわけもなかった。

「まさか」

視線を感じて、楊戩は振り返った。

「師匠ですか

玉鼎が苦笑する。

「だとしたら

「ひどいです」

長い上着の裾で、体は幾分隠されてはいたが、足はスリットの入った腿まで剥き出しだった。

「返して下さい」

つかつかと玉鼎に近づいて、その横に膝をついた。

「持って、いらっしゃらない

楊戩は首を傾げた。

「何処にやったのですか

ひどいひどいと詰め寄った楊戩はふわっと抱きしめられた。

「師匠・・・」

「何処だろうな」

手を取られて、誘われた先、高い木の梢に楊戩のズボンがかけてあった。

「あんな所に」

楊戩は立ち上がって、その木の下に向かった。

靴は根本に揃えてあった。

登れないほど、細い木ではなかったが、問題は楊戩がズボンを身につけていない事だ。

「どうしよう・・・」

いくら花が見事に咲く木でも、楊戩の全てを隠してはくれない。

あられもない姿を見られてしまうだろう。

惑う楊戩の背後から近づいた玉鼎が、包み込むように木に手をついた。

「登ってくればいい」

振り向かされ、幹に押し付けられる。

「出来ません」

「私の領巾より大事だと思うが

頬に口づけられる。

「や・・・っ」

意地悪な玉鼎を押しのけようと、胸を押す。その手が逆に捕まれた。

「出来ないなら、私にお願いしなさい」

飛行出来る玉鼎には、梢にかかった物を取る事など容易だった。勿論、かけたのも彼なのだが。

「・・・取って下さい」

「代償は

耳元で囁かれた。

「師匠がされた事なのに・・・」

吐息が触れる。

求められている事に楊戩は、気づいた。

春の風。その宵に、誘われて。

唇の狭間に指を差し入れられた。

ちゅく、と音がして、楊戩の舌先が捉えられる。

「んん・・・」

それだけの事なのに、背筋にぞくりとした物が走った。

温かな吐息ごと、舌を弄ばれ、知らず、楊戩は玉鼎にしがみついていた。

胸元から、焚き染めている香がふわりと感じられた。

自分は、下衣も履かずに乱されているのに、玉鼎はまだしっかり着衣を

身に着けている事に、今更のように恥ずかしさを覚えた。

「師匠、僕だけだなんて・・・、ひあっ」

剥き出しの腿が撫ぜ上げられ、小さな悲鳴が漏れる。

「些末な事だ」

無遠慮に弄ってくる手が、悪戯に楊戩の隠れた部分に触れる。

「んあ・・・っ」

ここが外で、明るい月明りの下であるという事はわかっているのに、

楊戩はじれったい快感に背を撓らせて、陶酔した。

「私を好きだと、おまえは言う」

静かに問われ、頷く。

「・・・はい」

否定など出来るはずがない。

もう何度も口にした言葉。

幼い頃の憧憬からではなく、言い訳でもなく、快楽に追い詰められて零した

わけでもない。

「僕は、師匠が好きです」

面と向かって言うのは気恥ずかしくて、背けた顔で告げる。

「そうか」

玉鼎の腕が、楊戩の背に回された。

衣服を通じて伝わる温もりが嬉しい。

「おまえの好きは、独占欲だ。私の傍に他の者の影があるのを好まない」

ぴくんと楊戩が強張った。

「はい、」

「自分が傍にいたいと、自分だけに全てを向けて欲しいと」

顔を上向かされ、唇が触れ合うほど近くから言われる。

「思っては・・・いけないですか

「さあ、どうだろうな」

与えられた口づけは、しっとりと温かかった。

「し・・・」

まだ背の伸びきらない楊戩は、つま先立って、玉鼎の唇を受け入れた。

「可愛いだけだったおまえが」

玉鼎の口づけが、首筋へと降りた。

「抱くにはまだ早いと思っていたおまえが・・・」

「や・・・あ・・・っ」

襟もとの留め具が外され、緩められた狭間へ玉鼎が顔を埋めていく。

「抱くほどに、離したくなくなる。私とした事が」

「師匠、止めて下さい・・・」

「仙界に上がった時に、他者に特別な感情をもう抱くまいと決めたのだったが」

胸の突起を吸い上げられて、楊戩が悲鳴する。

「おまえと同じ感情を、私も持っているとしたら驚くか

「え・・・

玉鼎が髪を掻き上げた。

闇を映す黒い瞳が楊戩を見据える。

与えられた快楽に、ぼうっとしかけた頭を緩く揺すって、楊戩はその視線を受け止めよう

とした。

しかし、脚は既に言う事をきいてくれなかった。

玉鼎は小さく笑いながら、そんな楊戩を支えた。

「大丈夫か

「は、はい、ごめんなさい」

謝ったものの、支えなくしては立てない状態になっていた。

その体が抱き上げられ、柔らかな草の上に寝かされた。

仰向いた事で、空の月の明るさが、より実感させられた。

星も見えないほどの光。

「待って・・・師匠、ああっ」」

圧し掛かられた楊戩は、耳朶を噛まれて仰け反った。

その喉元にも、緩められた胸にも、余す所なく玉鼎の唇が降り注いだ。

「月が・・・」

「そうだな」

玉鼎が苦笑した。

「見せつけてやるのも悪くない。私の物だと」

「何を言って・・・」

再び、合わせられた唇。

「ふ・・・っ、・・・ん・・・」

口腔を玉鼎の舌に翻弄されながら、露わもさせられた乳首を摘まれて身を捩る。

痛みはすぐに快感にすり替わった。

絶妙な力加減で、丹念に揉み込まれ、小さな突起でしかない部分が凝ってゆく。

固くなって、存在を主張する乳首から指が離れたと感じた時には、唇に含まれていた。

「は・・・ああっ、や・・・」

濡れた舌さきに凝りを捏ねられて、楊戩は波のような快楽に喘いだ。乳首の中で生まれた

火が、その波に乗って全身を回り始める。

「ここも、もう硬くなっている」

「あ・・・ヤだ、見ないで、あ・・・あっ」

上着のスリットから差し入れられた名が指先が、楊戩のそこをゆっくり撫で摩る。

硬直具合を確かめるように、形に添って絡めた手がまったりと上下した。

「先がもう濡れている・・・。前と後ろ、どちらで達きたい 楊戩」

淫らに扱かれて、透明な滴が溢れだす。

淫靡に囁かれ、脳の内部がスパークした。がくがくと震える足が、意思に逆らって自然と開いた。

「後ろか 可愛いな・・・苛め甲斐がある」

「師匠、何言って・・・、あ・・・駄目です、触らないで・・・っ」

乳首を吸われ、下肢を弄られて、強い快感が渦を巻いた。

こんな明るい夜、触れられて自分だけ達してしまうなんて、それは嫌だ

それでも、容赦のない甘い情事に快楽のコントロールがきくはずもなかった。

「後ろに到達する前に達きそうだな・・・」

ぐっと握りこまれて、爪の先が突っ張った。

「あ・・・師匠、一緒に・・・」

切れ切れの声で訴える。

一緒に達きたいなんて、何て浅ましい事を言っているのだろうか。

口にした言葉を後悔するように、唇を噛んだ。

それに気づいた玉鼎が、指を宛がった。

「噛む物ではない、傷がついてしまう」

「でも・・・」

「私とともに

「・・・はい・・・」

一方的に達かされるより、一緒に達けた方がずっといい。

師匠も、僕と一緒に流されて・・・。

楊戩が頷くと、短い口づけと同時に優しく抱擁された。

甘やかで真摯な扱い。

夜が過ぎれば、全て夢と消えてしまうのではないか、と心配になる。

何時もは、このようには抱いてくれないから。

「では・・・楊戩。ここは自分で押さえていなさい」

上着の裾を捲られ、下肢を目で示されて、楊戩は羞恥に震えながら、自身に右手を絡めた。

「そう、しっかり押さえなさい。そして、脚を開きなさい、もっと大きく」

「あ・・・く・・・っ」

ともすれば、視線だけで達してしまいそうになるのを堪え、おずおずと脚を開いた。

玉鼎の指が、震える楊戩の手のさらに奥へと忍び込んだ。

頑なな入口に指が突き入れられた瞬間、閉じた目の中に閃光が走った。

「あ・・・あっ、ああああっ!!

奥の部分を掻き回される。

体が覚えている以上の快感を感じるのは、何時もと違う抱かれ方をしているせいか。

自然と腰が揺れた楊戩に、玉鼎が囁く。

「どうした まだ充分に拡がってはいない・・・」

「師匠、もう・・・っ」

もういいから、と楊戩は頭を振った。

受け入れるには早すぎる。わかっているのに、湧き上がる気持ちに勝てなかった。

「どうなっても知らぬぞ」

「はい・・・」

唇が重なって、声が奪われた。

同時に下肢に強い圧迫を感じて息を詰める。

受け入れる時のこつなど、覚えられるはずもない。

ぐっと押し付けられたものが、数回の押しで、強引に奥まで挿ってきた。

「あ・・・ああああ-----っ

覚悟していたものの、痛みは鋭く、楊戩は絶叫した。

拡がりきらない輪の内側を、玉鼎が往復して過ぎる。その度に刻まれる新しい痛みに、

楊戩はぎゅっと目を閉じて堪えた。

「息を、楊戩、辛いだけだ」

「大、丈夫です・・・」

全然大丈夫な状態ではなかったが、痛いと、辛いと訴えれば、ここで止められてしまい

そうで、両手で玉鼎にしがみつく。

「師匠・・・師匠・・・」

やせ我慢で縋りつく楊戩の背を玉鼎は抱きなおし、濡れた睫毛に口づける。

「先に達ったら、お仕置きだ」

「・・・ん・・・あっ」

力を加減させた浅い突きに、体の奥が甘く戦慄いた。

痛みばかりだったはずの場所に、少しずつ快感が生まれていく。

痛痒いような、じれったい快楽だった。

「あ、あ、あ・・・」

楊戩の声が艶を帯び始めた。

「また、硬くなってきたな。押さえていなくて大丈夫なのか

からかうような囁き。

力の入らない手では、到底押さえておけるはずもない事を、玉鼎は知っていた。

受け入れて衝撃で、一旦は萎えたそこが、急所を狙った突きに快感を取り戻していた。

体の内側から、最も感じる箇所をダイレクトに愛撫され、瞬く間に楊戩は絶頂を

迎えてしまった。

「あ・・・ああ・・・っ」

全身を震わせて頂点を極めた楊戩が、荒い呼吸を繰り返す。

「後ろだけで本当に達ってしまうとは。私に触れられる事もなく」

「ごめんなさい、師匠、ごめんなさい・・・」

一緒に達きたかったのに。

震える腕で玉鼎に抱き着く。

「約束を守れなかったのだ」

どうしてくれよう

唇だけで囁かれて、また達ったばかりのそこが疼いた。

今度は言葉だけで感じてしまい、玉鼎に揶揄われる。

「悪い子だ」

「師匠・・・」

何も返せなくて、ただしがみつくだけだった楊戩は、ふいに大きく突き上げられて、仰け反った。

最早苦痛はなかった。

甘い嬌声。

「師匠、好き、好きです・・・

言葉にすると、快感は倍増しになった。

それを煽るように、玉鼎が囁く。

「私もだ、楊戩」

長く、ゆるりとした愛撫が、月光の満る中で続けられた。

夢のような時間はほどなく嵐になり、楊戩の意識を根こそぎ奪って走り去っていった。



精も根もつきるまで抱かれた楊戩は、疲弊しきった体を横たえたまま、玉鼎を見やった。

「ひどいです、師匠・・・」

結局、楊戩は自分から腰を振るまで追い立てられ、挙句には「もっと欲しい」などと

恥ずかしい台詞まで言わされる羽目になった。

もう動けないと、ため息をついた途端、楊戩は抱き上げられた。

「戻ろうか、楊戩」

「師匠、本当に僕の事が好き

苛められているとしか思えなかった、執拗な責めに、苦言が口をついて出る。

「当然だ」

それを当たり前のように返されて、続ける言葉はなかった。

「お仕置きをすると言っただろう

「でも・・・」

さく、と玉鼎の足元から音がした。

「ああ、花ももう散り始めたか」

屋敷の中へと入った玉鼎は、寝室には向かわず、湯殿へと楊戩を運んだ。

「ずいぶん汚れてしまった」

「師匠のせいです・・・んっ」

温かな湯の中へ、二人で入り、背後から抱きしめられる。首筋に唇が這わされ、

楊戩は息を詰めた。

「おまえは何をしていても可愛いが、泣いて私に縋る所が最も良い・・・」

「な・・・っ」

驚いて振り向けば、にこやかな笑み。

「私だけだ、こうして抱くのは」

「ま、待って下さい、もう、嫌だ・・・っ

駄目です、とまで言われずに腰を浮かされ、真下から玉鼎が押し付けられた。

「---------!!

哀れな楊戩の悲鳴が響いた。


花咲く夜はまだ、終わらない。



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