「王子様を助けたいか?」
切り裂けぬ幻影達が声を発する。
王天君がすいと指を動かすと、・・・霧が止まった。
「これは・・・」
「面白い物を見せてくれたら、しばしの猶予をやってもいい。ここは俺の体。お前たちを生かすも殺すも思いのままだ」
楊戩を抱きしめた玉鼎が、王天君を睨み付ける。
「何を望む」
「怖いねえ」
肩をくっと竦めた王天君の唇がにっと吊り上がった。
「抱いてみせろよ、楊戩を」
「ふざけるな!!」
「さっき、二人っきりの時に、こいつを弄ってみたが、男を知っている体だ。過保護に育ててきただろうあんたが、楊戩を他の男に委ねるはずがない。
そうだろう? 玉鼎真人」
「楊戩に何をした?」
「あんたのような事はしてねえよ」
する気もねえし、と王天君が呟く。
「ぐずぐずしてっと、出口さえ消えちまうぞ」
幻影が示す先を振り返れば、空間の終わりが、狭くなっているのがわかった。
「死を感じながら、師弟で交わってみろ」
王天君が楊戩の頬に触れようとした。
「触るな!」
楊戩を庇い、玉鼎が王天君を払いのけた。
「触れさせてもらえねえなら、高見の見物をさせてもらうぜ」
「寒気がするほど、悪趣味だな」
空中に腰かけた王天君が笑う。
「・・・それが、俺だ」
玉鼎は唇を噛み、覚悟を決めたように、楊戩の襟もとに手をかけた。
「ん・・・」
襟の留め外されていく気配に、何かを感じたのか、楊戩が身じろいだ。
「意識がないのはつまらねえ。まずは王子様を起こさねえとな」
「煩い」
「見物客は何処でも煩いもんだぜ? つまらねえ舞台だと特にな。俺を楽しませてみせろよ」
襟を肌蹴させ、肩をむき出しにさせた楊戩の白い首筋に唇を落とした玉鼎が、囁いた。
「楊戩、目を開けなさい」
何故、僕は疲れているのに・・・。喘ぐような吐息を漏らしただけの楊戩の顎に手をかけ、玉鼎は口づける。
深く、深く。
呼吸を封じ、唇をこじ開けて、舌を奪う。
「・・・は、あ・・・っ」
求められているなら応えたい。でも、どうして? 楊戩を気遣ってくれる玉鼎が、こんなに疲れている体を求めてくるなんて。
その異常さに、急激に意識が覚醒した。
「ほおら、お目覚めだ」
「な・・・っ!」
楊戩があるはずのない、王天君の声に目を見開いた。現実に引き戻される。
「この世のお別れに、愛しい師匠様がおまえを抱いてくれるってよ」
「何を言って・・・、ああっ」
抱きしめているのは、確かに玉鼎の腕。伝わる温もりも彼の物。しかし・・・。
理由を告げる言葉はなかった。額に軽く唇を落とした玉鼎が、意を決したように、さらに楊戩の着衣を乱していく。
「嫌だ・・・、師匠、どうして・・・」
求めても、答えはなかった。
「離し・・・、嫌だ、嫌・・・」
虚しく逆らわせるのは、より楊戩の残された体力を奪ってしまう事になる。
楊戩を大人しくさせなければ。
抱く腕に力を籠め、玉鼎が耳元でそっと囁く。
私を信じろ、と。
声はごく僅かだったのに、王天君は目ざとくそれに気づいた。
「余計な事はいうな。何時ものように可愛がってやればいいんだよ。ただ、今日はギャラリーがいるだけだ」
「師匠・・・」
「もう、口を噤みなさい」
薄い胸に指を走らせた玉鼎が、小さな突起を捉えた。摘み取られる痛みに、楊戩の顔が顰められる。
言葉を考える余裕を奪い取れば良い。
体を熱くさせ、意識を忘我に再び落とし・・・。
楊戩の体を辿る手、唇、それは玉鼎の物に違いなく、この異常な状況でも追い詰めていった。
理由がある、
あるはずなんだ、さもなければ、玉鼎が、師が、温かな場所以外で僕を抱くはずがない。視界を真っ赤に染めるここは、
こんなにも冷たいではないか。
与えられる愛撫に、嫌々と楊戩が首を振った。
信じて委ねるには、状況があまりにも歪んでいた。
「王子様はつまらないってよ」
玉鼎の背後に近づいた王天君だったが、彼らに触れる事はなかった。
「俺に触れてほしくないんだろう? 代わりに霧達に手伝わさせようか?」
赤い霧がぞわりと動き、四方から楊戩の体を撫ぜ上げた。
「ひあ・・・っ」
楊戩がびくりと仰け反った。
さらけ出された無防備な状態では、霧を防ぐ事は出来ず、触れられるままだ。
「楊戩!」
衣擦れの音がした。玉鼎が自身の衣で、楊戩を包み、庇ったのだ。
「私の言う事をきくのだ、楊戩。逆らうな。ただ、委ねていなさい」
「だけど・・・」
玉鼎は楊戩から快楽を引き出そうとでもいうのか。
元の位置に戻った王天君が、すいと瞳を眇めた。
「続けろよ。ぐだぐだ長いのは困るがな。苦痛に喘がせ、その上で楊戩を達かせるんだ」
ぎり、と玉鼎が唇を噛みしめた。
「師匠、師匠・・・っ」
下履に手をかけられ、楊戩の声が上ずった。
隠す事も出来ず、裸体をこの霧の空間に曝け出せというのか。
玉鼎を留めようと、彼の肩に手をかけた楊戩だったが、人の形すら完全に保てない手指に、力は入らなかった。
「や・・・嫌、だぁっ」
着衣全てを奪われ、逃げを打つ体が、玉鼎によって押さえつけられる。
膝が割られた。
奥深い、秘められておくべき場所が暴かれていく。
楊戩に負担をかけぬよう、愛撫を与えかけた玉鼎を王天君が留めた。
「そのままだ、交われ」
楊戩がびくりと震えた。
「女じゃねえ体だ、痛いだろうなあ」
でも、と王天君は続ける。
「愛しい師匠様が相手だ。苦痛が快楽に変わっていくのも時間の問題だろう? その様を見せてみろよ」
「どこまで・・・僕を貶めれば良いのだ!」
「俺はおまえが嫌いなんだよ」
霧の空間が、王天君の苛立ちを表すかのように、振動した。
「玉鼎真人!!」
「・・・わかった」
玉鼎がため息をついた。
「師匠、どうしてあんなやつの言う事を・・・」
楊戩の言葉を遮り、玉鼎は華奢な体を抱きしめた。
「辛ければ、私の肩を噛んでいなさい」
最奥を探り当てた玉鼎が、そっと着衣を寛げた。
背後から見つめてくる冷たい視線。それから楊戩を守るように、頭を肩口に押さえつけ、玉鼎は楊戩を貫いた。
「い・・・ああああっ!!」
悲痛な叫びが響き渡った。
がくんと仰け反った楊戩の顔は苦痛に歪み、瞳は受け入れられない衝撃に見開かれていた。
痛みは、玉鼎が体を動かすとさらに増した。
「痛い、いた・・・っ、ああ、止め・・・っ」
溢れる涙が玉鼎の唇で拭われた。
痛みに喘がせるだけでは駄目なのだ。
それでは、王天君は満足しない。
痛みと屈辱の先にある、快楽を引き出してこそ、やっと終わるのだから。
幾度と抱いた体だ。
内側から、快楽を引き出させる方法は知っていた。
「は・・・、、」
弱い場所を突かれた楊戩が、苦痛とは違う感覚に気づいた。
乾いた秘処を抉じ開けられ、打ち込まれた杭は、痛みしかもたらさないはずなのに。
こんな、このような・・・。
感じたくない。
禍々しい気配と、赤い霧に包まれた王天君の眼の前でなど。
苦痛だけで終わらせて欲しい。
そうすれば、矜持も少しは保たれる。
楊戩の思いは虚しく扱われた。
知り尽くされた体は、自身の意図を裏切り、玉鼎に操られていく。
「あぁ・・・あ・・・」
快楽に果てる頃には、楊戩は、許容出来ない思いに、再び闇に沈んだ。
「満足か?」
玉鼎が何処か悲しげに後ろを振り返った。
「まあ、そんなもんか。愛しい師弟愛か。寒気がするぜ」
立ち上がった王天君は、指を三本立てた。
「3分だ。霧は再び雨を降らす。軟弱な王子様を連れてさっさと帰れ」
出来うる限り、楊戩の体を隠すように布で包んだ玉鼎は、意識を失った彼を抱き上げた。
去っていく二人を見つめた王天君が、けっと踵を返した。
「俺には・・・何もないのだ」

約束など守るつもりはない。

血の雨よ、降り注げ。

何もかもを溶かしてしまうがいい。




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