庭にはもう、桔梗の花が咲いていた。群れる紫の連なりが、秋風にそよぐ。
秋。何時までも暑いと思っていたのに、ふと気付くと風は仄かに肌寒かった。
今日は特にする事もなかったので、私はこうして部屋の外、縁に座っている。
足を投げ出し、何も考えずに、ただこうしているのが良い。
また、風が吹いた。
もうすぐ、昼と夜が同じ長さになる日が来る。天文博士の名を持つ師が教えてくれた。
星の運行。天地の動き。私の知識は全て彼から授けられた物だ。
昼と夜が同じになって・・・夜が長くなり始め、そして、暗く閉ざされた冬が来る。
出かけるつもりなどなかったから、結い上げなかった髪が、意地悪な風でざんばらに
なってしまった。
結う事を面倒くさがったのを少し後悔した。
ひどく乱れてしまえば、櫛梳るのも大変なのだ。でも、手間が掛かっても、私が自分の
髪が気に入っている。切り落すつもりはない。
「・・・ふう」
ざっと髪を掻き上げ、空を見上げた。
秋特有の遠い空。霞んだ薄い雲がさらに向こうの青い色を透かしていた。こんなに
儚い雲では、雨などとても降らす事は出来ないだろう。
私は秋の雨が好きではない。雨が降れば気温は急激に下がり、季節が冬へと足を
速めてしまうように思えるから。
寒いのは嫌だ。独りでいるのが辛くなる。
淋しいと感じる心が、既に私には存在した。
・・・だから。
白い夜着を纏った体を腕できゅっと抱きしめた。そろそろこの姿でいるのは無理なようだ。
重い衣を纏うのは、とても慣れるものではないが、人としている以上、我慢しなければ
ならない事だ。
花々の中で私が眠っていたのは、三年も昔である。この季節も4回目だ。生まれた
時と・・・それから、三度。
何時からかわからないほど長くまどろんでいた私は、ある日突然意識を与えられた。
安らぎが壊された事で感じたのは、怒り、悲しみ、不安、恐怖。
しかし、それらは続かなかった。人型として生を得てから、私は本当の意味で独りでは
なかったせいだ。
与えられた足で地を歩き、教えられて隠陽の術を、言葉を知った。
ただ、心を得るのは最後まで難しく、出来なかったが。
今でもはっきり理解しているかどうかわからない。否、理解と考える事自体がおかしい
のかもしれない。
伸ばしていた膝を体に引き寄せる。着物の裾が乱れて素足が腿まで露になってしまった
が、ここには私しかいないのだ。問題ない。
朝日が一番に差し込む屋敷の東の棟で私は起居している。兄弟子達が私を嫌うので、
独りだ。
彼らとて陰陽を学ぶ者達。私が人とは違う異質な気を持っている事をどこかで感じて
いるから、厭うのだろう。
色づいた枯葉が、かさりと音を立てて舞い落ちた。
その音が物悲しいと思うようになった日は覚えていない。生命あった日からではない
事は確かだった。
ふっと首を傾げ、寄せた膝の上に頭を凭れさせた。
私は今、独りだ。独り・・・。


風だけが吹いていた場所が、陽炎に似た揺らめきを起こした。
「・・・?」
私が放しておいた式が現れたようだ。細やかな様々な用をこなさせるほど巧みに創る
事は無理だが、こうして来訪者を告げる役には立つ。
害意を持って近付く者もいるから、その予防だ。
「ああ・・・」
堪らず、私は溜め息を漏らした。
訪れたのが何物かがわかったからだ。
どうして、私が淋しくなった時がわかるのだろう。淋しさが極みになった時、さりげなく
側にいてくれた。
何時も、自然に。
だから私は、人の器を与えられ、花から人間への変化を経ても、素直にあるがままを
受け入れられたのだ。

廊下を渡って来る足音。部屋にいない私を探してか、気配はしばし躊躇したが、すぐに
御簾が上げられた。

愛しいという言葉は、このような時に使うはすだ。口にしたいのに、私の唇は凍りつき、
頭に描く思いを綴る事は出来なかった。
振り返りもしない私をどういう気持で、見ているのだろう。
もどかしくて。
でも、それも理解してくれるのだ。
背後から腕が伸ばされ、きつく抱きしめられた。私を全て包むように。
「おめでとう」
意味がわからない私に、暦が渡された。
「え・・・? ああ、今日は・・・」
私も忘れていた、誕生の日だった。気になどしていなかった、と言うべきだろうか。
本人が祝い事だなどと考えてもいなかった日を、覚えていてくれた事が嬉しかった。
「そうか・・・誕生日だったな」


知らず、涙が私の頬を伝い落ちた。

泰明、誕生日おめでとうv 今日はあなたの心を考えてみました。
あなたの心は誰に向いているのですか?
初期設定は、内緒。管理人も楽しんでみました。