それは、ふと脳裏に浮かんだ。
台所で夕食の支度をしていた楊ゼンは、野菜を刻んでいた右手にある包丁を見つめた。
銀に鈍く光る刃物。何の変哲もない、調理器具。
しかし・・・人を傷つける事は出来る。
仙をただの刃物で殺せるわけがないとは知っていた。僅かでいいのだ。あの男を止められれば。
意識せずとも、疼痛を訴える体を、楊ゼンはテーブルに手を付いて支えた。
消え去る事のない痛み。常に、傷の上に傷が重ねられていく。
「もう、終わりに・・・」
言葉が掠れた。
「逃げるんだ」
楊ゼンは棚を開き、一番小さなナイフを選んだ。幸いにも、先日より衣服を身に着ける事を許されて
いる。薄い単衣とはいえ、掌ほどのナイフ、袖に隠すには充分だった。
動揺する心を宥め、残りの仕事をしてしまうと、料理を盆に持って台所を後にした。
「お食事が出来ました」
「ああ」
書庫にいた玉鼎を呼び、楊ゼンはテーブル脇に控える。
準備はしても、テーブルにつく事は楊ゼンにはない。許されていないからだ。
同等の立場ではないと、嫌でも思い知らされる。楊ゼンはこの金霞洞に囲われている・・・いわば、
玉鼎の所有物だった。
「楊ゼン、寒いのなら火を起こしなさい」
顔色の悪い楊ゼンの頬に玉鼎が触れた。
「いえ、大丈夫です」
「・・・そうか?」
漆黒の瞳に見つめられて、楊ゼンは背が寒くなった。だが、その視線はすいと外され、テーブルの
下を指が示した。
床の上で、玉鼎が取り分けてくれる物を楊ゼンは食べる。そこが何時もの定位置。
楊ゼンはゆったりと腰掛ける玉鼎の足元に近付いた。皿を与えて貰う為の、そこも何時もと同じ位置。
何の不自然さもないはずだと、楊ゼンは思った。
さりげなく左手で胸を覆い、ナイフを滑らせる。ともすれば力の抜けかける手にナイフを握り、玉鼎に
鋭い切っ先を向けた。
瞬間・・・
楊ゼンは強かに蹴りつけられていた。
「ああっ!」
「気配を殺すのが下手だな」
くくく・・・と玉鼎が笑った。
さらに蹴られて、楊ゼンはテーブルの下から追い出された。
「料理用のナイフなどで、仙が切れるとでも?」
奪い取ったナイフで、玉鼎は自身の指を突いた。
「あ・・・」
楊ゼンが息を詰める。
「切れはしないだろう? 仙を傷つけるには、私の宝貝のように、斬仙の術が施されている物でなければ
・・・な」
カラリとナイフがテーブルに投げ出された。
「さあ、おまえをどうしよう?」
頬杖をついて、玉鼎が微笑んだ。冷たさを宿した笑み。楊ゼンは震える体を止める事も出来ずに、抱き
締めた。
「立て」
楊ゼンは首を振った。
「もう、しませんから・・・あっ!」
グラスの水を頭から掛けられて、楊ゼンが叫んだ。
「私は立てといったはずだ」
雫がぽたぽたと、蒼天色の髪から滴った。水は着物を濡らし、震えている体を濡らし、楊ゼンから温もりを
奪っていくようだった。
ゆらりと立ち上がった楊ゼンの腕を取り引き寄せると、玉鼎が単衣の帯を奪った。
「後ろを向け」
肩から衣が落される。下着を着けていない楊ゼンはそれだけで、全裸になってしまう。
合わせるよう言いつけられた手首を、帯がきつく結わえた。
恐怖と不安に揺れる瞳の目元に玉鼎が軽く唇を寄せる。次いで、耳へと吐息は移った。
「痛くしてやろう。私に歯向かい、逃れようとしたおまえには罰が必要だ。・・・そうだろう?」
「許、して・・・」
冷たい床にうつ伏せに押さえつけられ、切れ切れに楊ゼンが哀願を綴った。
「何故、やる前に考えなかった? 悪い事をした後に許せとは、むしのいい話だ」
下肢が割られる。楊ゼンの内部から垂れる鎖を玉鼎が手にした。・・・抱かれる時以外、常に咥えさせられて
いる珠は太乙が作った宝貝。楊ゼンを躾る為の物だ。玉鼎の意思で様々に動くようになっている。
引いてみても、深く絡みついた肉のせいで、鎖は簡単には動こうとしない。
「長く使用しているせいか、ずいぶんお気にいりだな」
嘲笑に、楊ゼンの体が赤く染まった。矜持が高い上に感情を隠すのが下手な楊ゼン故に、いたぶる者は
さらなる加虐心を覚えるのだ。
「これで、して欲しいか? それとも・・・」
テーブルから先程のナイフを取る。
「裂いてやろうか? 狭すぎるおまえのここを、受け入れやすいよう、開くのも良いかも知れぬ」
鋭利な先端が敏感な粘膜に触れ、楊ゼンは耐えきれずにすすり泣いた。
「昇仙を果たしていないおまえにはこれでも充分、役に立つはずだ」
「嫌、や・・・」
必死に振り向いた顔は溢れ出る涙にじっとり濡れていた。
「楊ゼン・・・」
呼びかけは、何時も心に染みる。楊ゼンを捕え、思うさま嬲り、痛めつけるこの男の声が何故、これほど
までに楊ゼンに染みるのだろうか・・・。
「は、あああ、うう−−−!!」
体内に埋められた珠が膨れながら動き出した。
苦しげにのたうつ楊ゼンの髪を掴み、玉鼎は服従の誓いを再び強要した。


初めてパラレル?に挑戦した本「ふたつの島」に入れられなかったものです。
師匠が初め師匠じゃないっていう設定だったので、鬼畜度がヒートアップ状態でした。
太乙と区別つけるのが、ああああ。