熱を出した楊ゼンの側についていた玉鼎を部屋から出し、太乙は窓を開いた。
   「空気を篭らせておいたら、病の気が何時までも留まってしまうだけなのにね」
     可哀想に、と続けて太乙は薬を作る準備を始めた。 

    煮詰めた薬草の持つ独特の匂いが、つんと楊ゼンを刺激した。
    全身を鈍く覆う痛みで、身しろぎもままならない楊ゼンが視線だけを巡らせると、いろいろな器具を
    持ち込んだ太乙の後姿が映った。
   「あつ・・・っ」  
     ふいに細いシルエットが揺れた。
   「薬とか生身に使う物はどうも苦手だね」
     ぶつぶつ呟きながら出来上がった薬を瓶に入れた太乙が振り返った。
   「君に効いてくれたら良いけど」
   「僕の為に?」
   「そうだよ。珍しいかい?」
   「はい」
   「言ってくれるね」    
     太乙が冷たい水に浸した布を楊ゼンの目の上に押し当てた。
   「泣きすぎてひどい顔だ。男の子があまり涙を流すものじゃないよ。もう12にもなったんだから」
     楊ゼンの枕もとに腰を下ろした太乙が蒼天の髪を優しく撫ぜた。
   「でも、こんなに傷を負ったら仕方ないかな。玉鼎も少しは手加減してやれば良かったのに。器が
   小さいんだからさ」
     玉鼎という名に、楊ゼンが反応した。
   「おやおや。君が一番好きな玉鼎を、嫌いになってしまった?」
     楊ゼンは即座に首を振った。
   「ふうん」
     かすかに頭を傾げた太乙が、楊ゼンの体に手をかけた。
   「太乙様っ!」
     動かされる事で、背筋を痛みが走り抜ける。塞ぎきらない傷口から新たな血が流れ、白い夜着に 
   染みた。
   「じっとして。裂けてしまってるんだよ。消毒して薬を塗ってあげるから動かないように」
   「嫌だっ、そんな所」
     裾を捲くられ、下肢を剥き出された楊ゼンの全身が、赤い花びらをとかしたようなピンク色を浮かべた。
   「見ないと出来ないじゃないか」
     からかいを口の端に太乙は乗せてみるが、子供の体−−しかも今は傷を庇っている−−を押さえ
   つけるのに大して難しさなどなかった。
     アルコールを含ませた綿で血を拭いとってやる。ぴりぴり染みるのに楊ゼンが小刻みに震えた。
    「きれいにして薬を馴染ませたら、私の力で傷は塞いであげよう。でも、痛みは多分なくならないし
   なくなってしまわない方が君の為にも良いと思うし。
     これからも玉鼎を受け入れていくんだから、慣れておかないと辛いからね」
   「え・・・っ?」
     楊ゼンの瞳が見開かれた。    
   「君を玉鼎が抱いたって事は、もう子供として扱わないって意味じゃないか。私としては出来れば
   そうなってほしくなかったけど。こんなに早く君と玉鼎を共有する事になるなんて」
   「太乙様は平気なんですか!」
   「何が? 精神的な事? それとも挿れられる事について?」
     露骨なまでの尋ねかけに楊ゼンは答えられなかった。
     太乙が軽く笑って、薬を絡めた指を秘所に突き刺した。
   「痛・・・あっ」
   「傷があるから痛くてあたりまえ。まさかこの指で痛いなんて言わないだろう? 玉鼎のが入ったくらい
   だし」
     内部を擦る耳を覆いたくなるような音が響いた。
   「ん・・っ・・・」
   「私はね、玉鼎の事が好きだから、彼を縛りたくないし私もされたくない。お互いに欲しい時だけ求め
   合って・・・それで私は満足している。私はここによく来るけど、いつもしてるわけじゃない。
     尤も、君との関係はどうなるかは知らないけど。
     君が玉鼎に抱かれるようになったからって私達は何も変わらない」
     指を太乙は引き抜いた。
   「体の方は、傷つかないようになるには慣れと回数・・・かな
     さあ終わり」
     血のついた布や空になった瓶を手早く一つに纏める。片付ける為に出て行こうとした太乙が扉を開く
    と隙間から哮天犬が入り込んだ。ベッドの楊ゼンに走り寄り、垂れた手をペロリと舐める。
   「私が来た時から淋しがっていたよ」
   「ごめんね・・・」
     楊ゼンのまだ小さな手が動いて犬を撫ぜた。鼻を鳴らして甘え、犬が頭を擦りつけた。
     部屋に太乙が戻った時、楊ゼンは何をするでもなくただじっと上を見つめていた。
   「君の心が安らかになるまで、私の道府に来るかい?」
     緩慢に楊ゼンが視線を太乙に移した。
   「・・・いいえ」
     声は小さかったが、しかしきっぱりと楊ゼンは否定した。
   「それがいいかもね。逃げていても解決にはならない。君は玉鼎にとってただ一人の弟子なのだから」
     楊ゼンの頭を2、3度はたく。
   「私は帰るよ。今日は君の勉強に付き合う日だけど、とても無理だね」
   「あの・・・師匠は?」
     太乙が肩ごしに振り向いた。
   「いい子だ。今初めて思った。玉鼎の為なら早く元気になる事。あれで結構心配性なんだ。でも
   そうなったら次も覚悟するように」
     目に見えて強張った楊ゼンを残して太乙は金霞洞を後にした。   
    「二人ともある意味不器用だからなあ」
     空が抜けるように青い。
     一人になった楊ゼンはぼんやりと時を過ごした。太乙は言った通り傷を塞いでくれたようで痛みは  
   あるものの引き攣れる感じはなくなっている。
     解熱薬も混ぜてあったのだろう、いつのまにか発熱も治まり頭はすっきりしていた。  
   「師匠・・・」
     昨夜の記憶は、恐怖と痛みと・・・。
     それでも嫌う事など出来なかった。
     ・・・出来るはずがなかった。