月が満ちてくる。気配が、空気がそれを告げていた。同時に全身を何か落ち
着かない感覚が支配していく。
時は中秋。うんざりする暑い夏が終わり、綿の上かけを羽織らなければ、肌寒い。
「ん・・・」
ごろりと寝返ってから楊ゼンは瞳を開いた。夜を否定する明るい蒼天の双眼が、
闇を見つめた。
楊ゼンの体温しかない冷えた寝台。一人寝をするには、このベッドは大きすぎた。
きり、と唇を噛む。腕に抱いてくれる温もりが、ない。玉鼎の寝台にあって楊ゼンは
孤独だった。
許可なく部屋に入った事がわかれば、玉鼎は良い顔をしない事はわかっている。
しかし、それが叱責であれ、構って欲しかった。
時刻はかなり遅い。既に日付は変わっているはずだ。戻らないとは言われなかったが
あの乾元山の仙が引き止めているのだろう。
楊ゼンの胸が痛んだ。太乙の所で楊ゼンの師は彼を抱いているのか?
色の薄い髪、華奢な体の太乙を考えた。楊ゼンが生まれる以前から、太乙は玉鼎との
時を共有していて・・・。
ぶるんと楊ゼンが頭を振った。思考が空回りしている。月の力が、正常さを奪っていく−−。
もともとが妖怪である楊ゼンは、自然の影響を受けやすい。人間よりも地球の根源に近い
せいらしい。
「眠れない」
体を起こすと、背筋がぞくりとした。ざわざわ・・・体内に海のような漣が広がる。
姿を保つのが難しくなり、虚空に注がれる瞳が翳った瞬間、半妖態に戻ってしまった。
「あ・・・」
変化すら出来なくなってしまったのに驚く。月によって力は増幅されているはずなのに。
否、故に有り余る力が制御されていないのかもしれない。
半妖の姿を見られるわけにはいかない。楊ゼンはベッドから飛び下りた。
空気が動いた。普段なら気づかない僅かな気配は、他者が−−玉鼎が戻って来たと伝えて
いる。
まだ遠いが、扉を開いて自室に移動すれば知られてしまう。
シーツを引き剥がして纏い、備え付けの浴室に楊ゼンは身を隠した。
しばらくして、部屋と隔てる扉ごしに、玉鼎が入って来たのがわかった。
歩く音に、袍を解く音に、楊ゼンは体を竦めた。早く玉鼎には休んで欲しかった。寝台の帳が
降ろされれば、出て行くチャンスもあるはずだ。
ファサリと続いて重い音。寝台の幕のようだ。
「−−楊ゼン」
ふいに名を呼ばれた。
「それで隠れたつもりか? 出てきなさい」
楊ゼンは動けなかった。自分の姿を知っているだけに。
「起きているのなら、出迎えるのが礼儀ではないか。何をしている」
玉鼎の声に苛立ちが混ざった。
「引き摺り出されたいとでも?」
扉が荒々しく開けられた。楊ゼンが体を覆うシーツをきつく握りしめる。
「顔を見せなさい」
「嫌・・・」
「楊ゼン」
「だって僕は・・・」
「半妖だから」
びくっとシーツの塊が揺れた。
楊ゼンの前に玉鼎は膝を付いた。腕がシーツごと楊ゼンを抱きしめる。
「おまえの蒼い髪は、シーツ一枚くらいで隠せはしない。それが見えないのだから、人の姿を
していないだろうとわかる」
「師匠・・・」
楊ゼンが涙ぐんだ。
「今日は昼と夜とが全く同じ長さになる日だ。月が公平に大地を照らし、魔に属する生物の力が
増大する。おまえのように」
シーツが外され、楊ゼンの顔が露になった。
「・・・ただ、力が押さえられなくなるほどとは。どうやら心を乱す事でもあったらしい」
三本しかない楊ゼンの指が、拒むように上げられた。
「師匠が・・・」
「ん?」
「乾元山からお戻りになられないから・・・」
「ああ、そういう事か」
玉鼎が薄く笑った。
「太乙に嫉妬を覚えたのか」
自分の心が浅ましいと楊ゼンは思った。玉鼎を独り占め出来るわけもないのに。
「私に抱かれたいか?」
「・・・いえ」
「正直ではないな。おまえの矜持の高い事は知っているが・・・」
玉鼎の手が閉じ合わされた下肢を割った。
「師匠!」
この姿で抱かれるのは嫌だった。人でない、獣に近いなりで犯されれば、自分がより、落ちて
しまいそうで。
楊ゼンの額に玉鼎が接吻を与えた。
「では、夜が明けるまで、月を遮ってやろう」
大気が流れを変えた。玉鼎の力が部屋に満ちていく−−−。
「姿を戻しなさい。もう、出来るはずだ」
楊ゼンにもわかっていた。すとんと体が少し自由をなくす感覚と共に、人型が現れた。
「師匠、師匠・・・」
「淋しかったのか?」
「はい・・・」
玉鼎が蒼い髪の流れる背をぽんぽんと叩いて、楊ゼンを宥めた。
大気が閉じ込められた空間に、楊ゼンの喘ぎが響いた。
口いっぱいに玉鼎を含まされ、あまつさえ体を逆に、彼の顔をまたぐ姿勢を強要されている。
羞恥に抗う楊ゼンが抵抗を止め、言う通りになるまで、玉鼎に下肢のモノを握られ、苦痛を
味合わされた。
ピチャリと濡れた音がした。
「あっ、あ・・・」
楊ゼンのモノが震えていた。大きく立ち上がりながらも解放を赦されず、ただ切なさが募る。
「止まっている。続けなさい、楊ゼン」
刺激の強さに仰け反る度、冷ややかに言われ、歯によって仕置きがそれに仕置きが加えられた。
「はあ・・・あ・・・、もう、赦して・・・」
項垂れた顔から涙がぽたぽた滴った。
「たかがこれくらいで」
添えられていた玉鼎の指が、突然楊ゼンを深く抉った。
「あ−−−っ!!」
潤っていない唇が、ぎりぎり締め上げてくる。その感覚を楽しみながら、玉鼎が抽送を繰り返した。
「痛・・・ああ、痛い・・・」
「これは私の部屋に無断で入った事への罰」
指が増やされた。
「いや−−あ」
「これはおまえの心に・・・」
楊ゼンがぴくりと反応した。
「僕を、浅ましいと・・・思われるのですか・・・?」
「いや」
内部で指が広げられ、生じた隙間に玉鼎が舌を這わせた。
「ん、ん、ん・・・っ」
撓るように楊ゼンが悶えた。
「師匠・・・僕は・・・」
「煩い唇だ」
玉鼎が苦笑した。その吐息でさえもが、楊ゼンを堪らなく狂わせる。
「私に仕える事は出来ないか?」
楊ゼンはすっかり口を離してしまっていた。
「準備をしないと、おまえが辛いだけなのだが」
「違う・・・っ」
頭を振って、再び頬張ろうとした楊ゼンが制止された。
「構わぬ。ここで私を受け入れれば良いだけだ」
玉鼎が身を起こし、楊ゼンを組み敷いた。
涙に濡れた顔に玉鼎は触れた。眠りについていた楊ゼンが、微かにうめく。
起きる気配がないのに、両手で頬を挟んで上から覗き込んだ。
自体が淡く光るような楊ゼンの肌。
「おまえは、私の物だ」
玉鼎が深く口付けた。
「人の姿も、妖態も、いずれ全てを私に委ねてくらるか? 楊ゼン」
閉じられた世界を過ぎって差し込む月明かりが、部屋を真の闇にせず、白々と照らしていた。