金霞洞へ戻ると、楊ゼンはすぐに湯殿へ連れ込まれた。
楊ゼンの吐息は熱い。
塗り込められた香油、それに混ぜられた薬が、じわりと楊ゼンに浸透していく。
自身で洗ったくらいでは、落ちなかったのだ。
乾元山から戻る途中、騎獣に揺られ続けたせいで、体の熱はいっそう上がって
しまっていた。
ともすれば崩れそうな膝を引き摺る楊ゼンを、玉鼎は強引に追い立てた。
湯の湧き出る地下へと階段を降りきった所で、堪えきれなくなった楊ゼンがぺたりと
座り込んだ。
「どうした?」
「体が・・・苦し・・・い」
だが、服を着けたまま湯に入る訳にはいかないだろう? さあ、立って着物を脱げ」
楊ゼンは縋る目で玉鼎を見上げたが、彼の瞳が、冷たく闇に沈んでいるのを認めた
だけだった。
諦めて壁に手を付きながら楊ゼンは立ち上がった。
哀願する事は出来ても、抵抗は許されていない。玉鼎に逆らえば、罰が与えられた。
師は誰よりも楊ゼンを大事にはしてくれたが、けじめはきちんとつけさせた。師弟という
立場、上位と下位。同じ十二仙の位置にある太乙との違いは歴然である。
同じく玉鼎に抱かれる者であっても。
楊ゼンがもっと幼い頃は、何をしてもただ諭されるだけだった。玉鼎が変わったのは、
初めて体を開かれた日から。それは、子供扱いをしなくなったという事だろうか・・・?
解く為に帯に触れた指に力が入らない。体ばかりが熱く火照り、鋭敏に研ぎ澄まされた
着物が肌を擦れるだけで楊ゼンを竦みあがらせた。
下に纏った襦袢が太乙から借りた物なので、楊ゼンは全て脱がなければならなかった。
常ならば、湯を使う時も単衣を着けているのだが。
玉鼎の見つめる前で、自分だけが裸体になるのが恥ずかしい。その上、屋敷の地下に
設けられた、広い湯殿には、煌々と明かりが点されているのだ。
最後の一枚が落ち、桜色に染まった肌が表れた。
「手を除けなさい、楊ゼン」
ぎこちなく体の中心を隠している手を外すよう命じられる。
「おまえに、私から隠す部分を持つ事を許してはいないはずだ」
「う・・・っ」
顔を伏せた楊ゼンから嗚咽が漏れた。   
両手がゆっくり下がった。拳を握り締め、体に添ってまっすぐ垂らされる。
視線が突き刺さる。玉鼎の冷ややかな瞳が見つめている。
「太乙に入れられた気分はどうだ?」
師匠・・・」
「濡れそぼって、淫らで物欲しそうだな」
つい、と玉鼎の指が触れた。
「ひあ・・・っ」
楊ゼンが跳ねる。
「太乙の所ではこれほどではなかったな。ずいぶん時間が経過してから効果が表れる」
言ったきり、玉鼎は楊ゼンから離れてしまった。
「あ・・・」 
切ない溜息が楊ゼンから漏れた。全身を駆け巡る熱が、玉鼎の触れた場所を疼かせる。
身じろぎかけた楊ゼンに制止の声がかけられた。
楊ゼンはただ、立ち尽くしていなけらばならなかった。
「辛いか?」
「・・・はい」
ならば自分で慰めるといい」
深い海を漂わせる瞳が見開かれた。玉鼎の前で、己がものを煽り立てて解放させろと
いうのだ。
「出来ません・・・」
聞こえるか聞こえないかわからないほど小さな声で、楊ゼンが拒絶する。
玉鼎が、考えるように首を傾げた。
「おまえの手だけでは無理か? 何か挿れる物が必要なようだ」
宙空に腕を翳すと、玉鼎の周囲の大気が微かに捩れた。その捩れは、しかし、起こると
同時に急速に萎み、一つの物体だけを残して消滅した。
空間を操り、この場所に無い物を取り寄せたのだ。
玉鼎の両腕に抱えられているのは、漆が塗られ、黒光りしている箱。全面に蔦が怪しく
絡まり、内部深くまで曝け出すほどに開いた花の模様が描かれていた。 
それは、楊ゼンが嫌というほど知っている物だった。
「や・・・」
楊ゼンの首がふるふると振られた。
太乙が密かに玉鼎に教えたのを、楊ゼンは知らない。だから玉鼎が箱を手にした事に
驚き、怯えた。
”僕のした事を知っている?”
逃げ出してしまいたいのに、足が竦んで動かない。
冷たい痺れが地に触れた部分から急速に昇ってくる。
玉鼎が箱の閉ざされた鍵を開いた。太乙の部屋で楊ゼンが探し求めた小さな鍵。
「おまえが欲しがっていた物だ」 
内部に収められた大小様々な淫具。数えきれないほど使われた物達。
「どれでも、好きな物を」
「赦して・・・」
楊ゼンの膝が折れた。いざるように玉鼎の足元に近づき、深く頭を下げる。
「師匠を下さい。あんな物は嫌です」
くすりと玉鼎は笑う。
「洗い流してやろう。湯の側まで行って跪きなさい」
返答は、楊ゼンが求めているものではなかった。玉鼎は抱いてはくれないのだ。
ぽとりと涙が滴る。
「僕は悪い事をしました。師匠を怒らせて・・・」
髪が掴まれて、楊ゼンは顔を上げさせられた。
「やる前にそう考えなければ、な」
白い頬を伝う涙を、玉鼎の指が掬う。
「ごめんなさい師匠、ごめんなさい・・・」
楊ゼンを抱き上げ、水際へと運ぶ。
「終わったら、望み通り抱いてやろう」
きつく抱かれるだろう、と楊ゼンは思った。そして、それでも構わないとも。